おもしろ昆虫記
(5)

何たって蝶の王様です(オオムラサキ)

 命ある者にランク付けをするのは失礼だが、オオムラサキは例外である。その大きさ美しさは勿論だが、テリトリーに侵入した小鳥さえ追いかけて行くのだから大したものである。今、オオムラサキを見ようとするとかなり遠くまで行かないと見られなくなったが、以前は多摩丘陵や武蔵野を代表する蝶だったのだ。オオムラサキの幼虫の食べ物はエノキの葉で、蝶の食べ物はクヌギ、コナラ、カシ等の樹液やモモやプラム等の熟果落果である。ただ、エノキがあって蝶の食べ物があれば何処にでも生息しいるかと思うと大間違いで、フィールド全体の自然度の高さが要求される。だから、オオムラサキが生息していれば、かなり自然度が良く保たれていると言えるだろう。オオムラサキと幼虫の食べ物も蝶の食べ物も同じゴマダラチョウは、開発がかなり進んだ雑木林にも生息しているのだが、ゴマダラチョウは年に2回発生するのに対し、オオムラサキは年に1回しか発生しない。このように年に1回しか発生しない蝶は、環境変化をもろに受けるようである。良く行くフィールドに年に1回発生する蝶がどのくらい生息しているかを調べてみると、そのフィールドの自然度を計ることが出来る。環境保全を考える上で、国蝶オオムラサキの生息はその指針とも言えるようだ。
<2001年7月8日、山梨県中巨摩郡敷島町>

謎深き蝶です(ヒオドシチョウ)

 日本の蝶の中でこれほど謎に包まれている蝶も珍しい。何故かと言うと、ヒオドシチョウは6月下旬に羽化して雑木林周辺を飛び回り、クヌギ等の樹液に集まって吸汁しているのだが、梅雨が明けると忽然といなくなって、来春に越冬した個体を見るまで何処にも見られなくなるのである。一体、約8カ月間、どこに潜んでいるのだろう。これに対して多くの蝶の研究家が推論している。ヒオドヒチョウは暑さに弱くて高原に避暑に出かけているのではないか? 夕方とか早朝とか誰も気づかない時間帯に寝ぐらから起きて来て、食事をするのではなかろうか? と言ったような推論である。しかし、そうなら秋に再びヒオドシチョウが現れても不思議はないのだが見られない。私の推論は、春までずっと樹木の洞や崖下の穴等にずっと眠っているのではないかと考える。ヒオドシチョウは漢字で書くと「緋縅蝶」で、緋色の糸でつづり合わせた鎧の縅に似ている色をしているからである。もっとも羽の裏側は黒褐色で、羽を閉じていたらその美しさは分らない。ヒオドシチョウの幼虫はエノキの葉を集団で食べている。その様を見ると梅などに付く蛾の仲間と同じようで気味が悪い。このような幼虫の巣を見つけたらしめたもので、付近で蛹になるから、家へ持って帰って羽化させて見よう。
<1994年8月11日、山梨県甲府市乙女高原>

都内にも住んでます(コクワガタ)

 日本で最も人気がある昆虫と言ったらクワガタムシであろう。クワガタムシは世界で約1000種類、日本には35種類生息している。その中で最もポピューラーな存在は、このコクワガタであろう。そんな事もあってか昆虫好きの少年に「なんだ、コクワか」なんて見向きもされない。しかし、コクワガタの生命力の強さは抜群で、この間、ホームページを見ていたら、大手町で拾ったコクワガタを飼育している方があった。この写真のコクワガタも、あの長島茂雄が住んでいるお屋敷町で有名な東京都大田区田園調布に接する多摩川台公園で撮影したものである。また、クワガタムシを飼って見れば分るのだが、コクワガタが一番飼いやすく長生きである。コクワガタはクヌギ類の枯れ木の中で幼虫が成長し、蛹になって成虫となるまでに約2年間かかるらしい。これだけ長いと環境変化が甚だしい都内では生息が難しいと思われるが、どっこい生き続けているのだから素晴らしい。公園を管理する方にお願いだが、立ち枯れや倒木は美観を損ねるなんて言わないで、コクワガタはもちろんのこと、様々な昆虫のためにも片付けないで欲しいものである。写真のコクワガタの中でも大型で大顎(角)は立派であるが、これでも雄という位に貧弱で雌のようなものもいる。
<1998年5月23日、東京都大田区多摩川台公園>

木を蹴飛ばすと落ちてきます(ノコギリクワガタ)

 クワガタムシの仲間は大顎(角)は立派だけれど足は貧弱である。このためクヌギやコナラの樹液を食べ物としていて、これらの樹上で生活をしている割には、幹や枝にしがみつく能力は低いのである。ノコギリクワガタは昼間でも活動しているが、どちらかと言うと夜行性で、昼間は枝で眠っている場合が多いものである。この為、クヌギやコナラの幹を蹴飛ばすと「ドスーン」と落ちてくるのである。しかし、大木を蹴飛ばしては人間様の足の方のダメージが大きいから、直径15cm位の幹のクヌギやコナラがベストとなる。最もノコギリクワガタの大好きな樹液は、この位の太さのものが一番盛んだから、尚更好都合となる訳である。しかし、里山管理がなされなくなって荒れ放題の里山で、約10年から15年に一辺、伐採して萌芽更新をさせている雑木林は少なくなっている。クワガタムシの仲間は特に雄の体長の変化、それに伴う大顎の長短は顕著であるが、戦前の動物学者、犬飼哲男博士が何と雌雄合わせて2695匹ものノコギリクワガタを調べた結果、大顎を除いた雄の体長は24から46mm、雌は23から34mmであったとある。これから見ても雄の方が雌より体長の長さの差異が顕著であることか分る。なお、写真のノコギリクワガタは中型のものである。
<1999年8月22日、神奈川県足柄上郡大井町>

山里の昆虫となりました(ミヤマクワガタ)

 日本で一番立派なクワガタムシはオオクワガタだが、最も怖そうなクワガタムシと言ったらこのミヤマクワガタであろう。この為、ミヤマクワガタは武士にみたてた方言が各地にあって、ゲンジ(源氏、この場合に他種や雌はヘイケ)、ケンシン(上杉謙信)、カトウ(加藤清正)等と呼ばれていたらしい。私の知り合いの方は長野県塩尻市出身だが、ここではゲンジと呼んでいたと言う。このようなミヤマクワガタの勇姿は日本のみならずヨーロッパでも注目され、ドイツ・ルネッサンスの最大の画家と言われるA・デューラーは、日本のミヤマクワガタよりももっと怖そうなヨーロッパミヤマクワガタを、1505年に精巧な水彩画で描いている。これはヨーロッパにおける最古の甲虫の絵になるそうだ。数多い昆虫の中でも最も存在感のあるものだから、デューラーが描いたのも肯ける。また、古代ローマでは子供が大顎を首にぶら下げて、病気や災難から身を守る護符として大切にしていたとある。ミヤマクワガタを漢字で書くと「深山鍬形」だから、深山幽谷の地に生息しているように思われるが、かつては武蔵野や多摩丘陵にも生息していた。現在はさすがに開発が進んで低山地に行かなければお目にかかれなくなったが、一度は自然の中で見つけて欲しい昆虫である。
<2002年7月22日、山梨県北巨摩郡白州町>

そっくりさんの登場です(アゲハモドキ)

 アケハモドキは、ご覧のように悠然と羽を開いて休んでいる。こんなことをしていたら「小鳥の餌にすぐになってしまうのでわ?」と考えるだろうが心配は無用である。ジャコウアゲハという蝶がいて、有毒のウマノスズクサを食べ、その毒を蝶になっても体内に持っているから、小鳥がジャコウアゲハを食べると吐き出してしまう。そのジャコウアゲハの雄にアゲハモドキは擬態しているである。だから、悠然としていられる訳なのだ。しかし、もしジャコウアゲハが生息していなかったらどうなるのだろう。小鳥が「あんな不味いもの食べられるか」というのは学習効果と言われ、一度食べてみなければ分らないわけである。もし、ジャコウアゲハが生息していなかったら、小鳥たちは「ジャコウアゲハは食べてはあかんよ」ということがわかない訳で、そうしたらアゲハモドキをぱくりとやって「これは美味い」と学習してしまって、そのフィールドのアゲハモドキは絶滅してしまうことになる。しかし、どうだろう小鳥達は学習効果ではなく、先天的に「ジャコウアゲハを食べてはあかんよ」という情報が、脳にインプットされていると考えた方が良いのかも知れない。そう考えないとジャコウアゲハより絶対数が多い小鳥達なのだから、ジャコウアゲハも絶滅してしまうのではなかろうか。
<2003年6月19日、神奈川県秦野市弘法山>

輝いて光ってます(オオミドリシジミ)

 首都圏の平地の雑木林で見られるゼフィルスの中で、最も高等なゼフィルスと思えるのがオオミドリシジミである。なぜならオオミドリシジミは日中に木々の葉の先に止ってテリトリーを張り、侵入して来た同じ仲間の雄を素早く追い立てるからである。この時に相手と一緒になってくんずほぐれつの「卍飛行」は、一度は見たいこの季節ならではの一駒である。日本産ゼフィルスは24種類、この内で高等ゼフィルスと呼ばれるものが14種類。オオミドリシジミの仲間はFavonius属といって極似するものが7種類いる。属の違うミドリシジミと比べて羽の表の色は明るい空色をしていて、緑色のミドリシジミとはだいぶ異なる。もちろん、ミドリシジミもテリトリーを張り卍飛行も行うのだが、雑木林に夕日が落ちる頃になってからである。このように高等ゼフィルスの活動時間は種によって異なる。一日は朝日とともに始って落日まで長いのだから、高等ゼフィルスの種類が複数混在する所では時間を変えて活動しているのである。最近話題に上らなくなったが、通勤地獄を避けるために時間差出勤が叫ばれていたが、高等ゼフィルスは誰にも言われることも無く、それを実行していたのである。こんなに魅力的なオオミドリシジミだが、開発が進んで減少の一途を辿っている。
<1995年6月11日、神奈川県秦野市弘法山>

ハンノキ林で待ってます(ミドリシジミ)

 フィールドへ出向くと雑木林と田んぼが接する辺りにポツリポツリと2、3本のハンノキが見られる所が多いが、かつては谷戸の小川沿いに各所に生え、かなり広いハンノキの林も見られたものである。どういうわけかは知らないが、私の住んでる地域に、今は立派な団地となったが、平地の田んぼに囲まれた場所に広大なハンノキ林があった。この地域の蝶をかなり前から調査していた故人となった方に聞いた話だが、そこにはミドリシジミがたくさん生息していたとのことである。今、首都圏でミドリシジミの多産地と言えば浦和市等の荒川の河川敷のハンノキ林であるが、かつては中小河川から谷戸の小川まで、ハンノキの林が各所にあったに違いない。ミドリシジミの幼虫は、カバノキ科ハンノキ属のハンノキ、ヤマハンノキ等を食する。この点が他の平地産ゼフィルスとは異なる点で、ハンノキが無ければ、いくら自然度の高い広大な緑地が残っていてもお目にかかれないわけである。ミドリシジミを語るにあたって、雄の青緑色の金属光沢の輝きは言うまでも無いが、雌の前翅の表側の色彩変化も忘れられない。赤斑を持つA型、青斑を持つB型、両方持つAB型、どちらも持たないO型の4つのタイプに分かれるのである。是非一度、図鑑で標本写真を見て欲しい。
<2003年6月16日、横浜市緑区新治市民の森>

可愛いけど肉食です(ゴイシシジミ)

 ゴイシジミの発生は5月末からで、図鑑によると年に4〜5回発生することになっている。しかし、正確には分らない。分らないというより、そう個体数が多いわけでは無く、一度良い写真が撮れてしまうと注目しなくなるからだろう。私の記録によると5月末〜7月中旬、8月の中旬から下旬に個体数が多く見られる。ゴイシシジミを見ようと思ったら、アズマネザサが繁茂している場所に行かなければならない。なぜならゴイシシジミの幼虫はタケやササ類につくタケノアブラムシを食べていて、成虫(蝶)もタケノアブラムシが分泌するものを吸汁して生きている。このようにゴイシシジミは日本産の蝶の中でも特異な存在なのである。このためもあって、ゴイシシジミを見ようとしたら葉の裏が真っ白になる位にタケノアブラムシが繁殖している場所を探さねばならない。たいがいは風通しも日当たりも良くない場所の不健康なアズマネザサに取り付いている。しかし、毎年、同じ場所のアズマネザサに繁殖しているわけてもないから、ゴイシシジミは「あの場所のあそこに必ずいます」と言うのは無理がある。ゴイシシジミとは変わった名だが、漢字で書くと「碁石小灰」で、写真のように真っ白な羽裏に黒い碁石が散りばめられていることより来ていて、一度見たら忘れられない蝶である。
<1998年5月30日、神奈川県川崎市麻生区黒川>

クヌギの葉が大好きです(ウラナミアカシジミ)

 近縁のアカシジミに比べると発生が1週間程遅い。アカシジミはクヌギ、コナラ、カシワを食べるが、ウラナミアカシジミも同様なものを食べるとあるが、クヌギが大好きなようである。しかも、大木となったクヌギではなく、10年前後の若いクヌギがお気に入りのようだ。このため里山管理が行き届いていて、約15年周期ぐらいで伐採し萌芽更新させるような雑木林に多い。しかし、首都圏の雑木林は管理放棄されている所が多く、アズマネザサ等の下草が伸び放題で、クヌギも大木に成長していてウラナミアカシジミにとっては好適な環境とは言えなくなった。このためアカシジミがしぶとく生き残っている雑木林でも、ウラナミアカシジミは個体数が減少している。ウラナミアカシジミは漢字で書くと「裏波赤小灰」で、写真を見て頂ければ分るように、羽裏がオレンジ色の地に黒い波状の斑紋が見られる。羽の表の色はアカシジミと同様なオレンジ色だが、やや黄色味が強く、前翅先端の黒い帯の幅も狭い。また、羽全体の鱗粉もアカシジミより少ないように見え、張りと気品が感じられ尾状突起も細くて長い。分布はアカシジミが九州や利尻島や対馬などの離島にも産するのに比べ、ウラナミアカシジミは九州に産せず、淡路島や小豆島の瀬戸内海の大きな島のみに産するとある。
<2002年6月9日、東京都町田市小野路町>

クリが咲いたら現われます(キマダラセセリ)

 首都圏平地に普通に見られるセセリチョウは、一般の方が「蛾ではないの」感ずるような茶褐色なものが多い。しかし、キマダラセセリはその名の通り、黄色の斑紋が散らばった美しいセセリチョウである。しかも、開発が進んだフィールドでも見られ、東京都の小石川植物園にも発生している。発生は年に2回だが、第1化はクリの花が咲き出す頃に現われる。この頃はハルジオンに変わってヒメジオンが、また、クリの花に遅れてリョウブも咲き出すから、キマダラセリを見たいなら、これらの花に注目しているのが一番である。幼虫の食草はススキ、チガヤ、アズマネザサ等となっているが、小石川植物園にも産することを考えると、他のイネ科の植物も食していると思われる。写真を良く見て頂くと、前翅を立てぎみにし後翅を水平に近く開いている。もちろん羽をすっかり閉じている時も多いが、これは他の蝶には見られないセセリチョウの仲間独特の静止している姿である。こんな姿からもセセリチョウの仲間は、アゲハチョウ上科の蝶とはだいぶ系統的に離れていることが分る。セセリチョウ科には「○○キマダラセセリ」と名がつくものがやたらに多い。キマダラセセリはキマダラセセリ族だが、やや山地に多い極似しているヒメキマダラセセリはアカセセリ族に入る。
<2002年6月20日、東京都町田市小野路町>

粋な模様が印象的(カノコガ)

 鬱陶しい梅雨時には忘れられない昆虫が多数現われるが、カノコガもその一つである。最もカノコガは夏にももう一回出現するが、大きさが幾分小型となり、色彩の鮮やかさも梅雨時のもの方が美しいように思われる。図鑑を調べて見てもカノコガの生態はほとんど分っていない。昼間に明るい雑木林の中や周辺の草地を飛び、幼虫は色々な植物を食するとある。また、越冬の形態は分っていないとある。しかし、図鑑にようにカノコガが昼間飛び回ってる姿を見たことが無い。たいていアズマネザサ等の葉に静止していたり、写真のように交尾してじっとして姿だけだ。最も静止しているのを驚かすと飛んで行くのだから、飛べるわけで、朝早くとか夕方とかに飛び回るのかもしれない。分類学上は鱗翅目ヒトリガ科の仲間で、あの害虫で有名なアメリカシロヒトリと同じ科に属している。しかし、図鑑を見て頂くと良く分るのだが、カノコガは独特な格好をしている。前翅が後翅に比べてやたらに大きいのである。面積比でいったら3倍の開きがあるようだ。カノコガの名前の由来となった「鹿の子模様」とは、辞書で調べてみると、鹿の毛のように茶褐色等の地に白いまだらのある模様となるが、カノコガを見ていると鹿の子模様とはどんな模様かがはっきりと分る。
<1999年6月20日、神奈川県平塚市土屋>

丸太の上で待ってます(ゴマフカミキリ)

 雑木林の小道に切り出されて積まれた枯れた広葉樹の上に、最も普通に見られる中型のカミキリムシである。時にはクリやクヌギやコナラの生木の幹に這っている時もあるが、これは、その木の枯れた部分や弱った部分から成虫になって現われ出たものかも知れない。以前、フィールドで立ち枯れたクリの幹の脱出坑の穴から顔を出しているゴマフカミキリを見つけたことがある。これはしめた、幹から出て来る現場を押さえられると思い、カメラを構えて近づいてみると何やらおかしい。じっと動かないのである。もっと近づいて良く見ると、脱出に失敗して事切れている。多くのカミキリムシは、寄生した材から丸いトンネルを掘って表に出て来る。この作業はとても大変な作業だと思う。ゴマフカミキリを良く見て欲しい。黒色の地に白い斑紋が散りばめられている。図鑑によるとこの斑紋は、色のついた微毛によっているとある。このゴマフカミキリの体色は、写真のように灰褐色のクリの幹に居るから何とか見わけられるものの、枯れた様々な丸太の上、ことにヤマザクラやヌルデ等にいると、慣れないと見つけることが難しい。これも天敵から身を守る保護色なのだろう。ゴマフカミキリも多くのカミキリムシと同様に、積まれた枯れた丸太の上で恋をし、その材に産卵する。
<2003年6月3日、東京都町田市小野路町>

最も普通なゼフィルスです(ミズイロオナガシジミ)

 首都圏の平地の雑木林で最も普通に見られるゼフィルスであるが、ミズイロオナガシジミは進化の程度が遅れていると言われる。では、どのようなゼフィルスが進化の高いゼフィルスかと言うと、雌雄の羽の色彩や斑紋が異なる、一日の内で特定の時間帯に占有行動を行うものということになっている。ミズイロオナガシジミはウラゴマダラシジミ等と異なって、尾状突起を有しているのだが、確かに雌雄の羽の表の色は焦茶色で、斑紋は多少雌の方が大きいものの、その位置や形は変わらない。また、雄がテリトリーを張って、侵入して来る雄を追い払うという占有行動もしない。しかし、進化が遅れていると言っても環境変化には非常に強く、ちょっと残った雑木林でも生き残っている。そんな事を考えると進化が進むということと、生存上有利であることとは直結しないようである。このようなことは人間社会でも言えるのではなかろうか。ミズイロオナガシジミで忘れられないのが羽裏の斑紋の変化である。図鑑を見ると青森県八戸市のものは、黒い帯が幅広く広がって、まるで別種のようである。このような斑紋の変化は地域によって出現の偏り(出現比率)があるようだ。しかし、身近な雑木林にも微妙に異なったものがいるので、注意して観察し楽しんで欲しい。
<2002年6月2日、神奈川県秦野市弘法山>

初夏の高原に現れます(ヒメシジミ)

 ヨーロッパで「空色の蝶(ブルー)」と呼ばれているシジミチョウの仲間がいる。この仲間のことを分類学上ではヒメシジミ族と言い、日本には24属38種類が生息している。日本産の蝶は約240種類だから、非常に大所帯のグループとなる。その仲間の代表としてヒメシジミが選ばれているのだから大したものである。ヒメシジミはヨーロッパにもたくさん生息していて、むしろそちらの方が分布の中心と思われ、キアゲハ等とともに旧北区を代表する草原の蝶である。ヒメシジミは6月に入ると山地や高原の草原で発生する。食草はアザミ類やヨモギ類等だが、他の植物も食するようで、そのこともあってか非常に数が多く見られる。私が観察に行く所ではヨモギを食している。ヨモギと言えば平地でも普通に見られるのにヒメシジミが見られないのは、気温の高さから来ているもので、やはり冷温帯の蝶なのである。それではヒメシジミ族の仲間は全て暑いのが苦手なのかと言うと、首都圏平地にもヤマトシジミ、ツバメシジミ、ルリシジミ、ウラナミシジミが生息している。しかし、本当に羽の裏表の色彩や斑紋が近いのは、河川敷に多いミヤマシジミや高原にいるナンテンハギを食するアサマシジミだろう。この3種の見分け方は非常に難しい。なお、この3種とも雌の羽の表は焦茶色である。
<1998年6月7日、栃木県塩谷郡藤原町中三依>

心を震わす幽玄の美の極致です(ゲンジボタル)

 毎年6月に入ると新聞紙上でホタルの記事が掲載される。日本人にとって最も親しまれている昆虫の一つかと思う。里山保全や緑地保全が論ずられる時、必ずオオタカと同時にホタルが登場する。なぜなら、ゲンジボタルは自然度を計る指針としての生態を持っているからである。ゲンジボタルは小川の近くの苔や落葉に産卵する。幼虫は水中でカワニナ、ヒメタニシ等を食べて育ち、岸辺に上がって土中にもぐり蛹になって羽化して来る。すなわち水清き護岸されてない小川が必要なわけである。清き水は豊富な緑の森があってこそ。また、ゲンジボタルより小さいヘイケボタルは、沢や小川ではなくて水田に幼虫はいるのだが、こちらも同じものを食べているから、やはり水清き水田、土の畦が必要となる。写真のゲンジボタルはストロボで撮ったものだが、発光してるように見せる為にはスローシンクロと言って、長時間シャッターを開けなければならない。しかし、ホタルの名所は人で一杯、人が来ない里山の谷戸だとマムシが心配と言うわけで、撮影がなかなか難しい昆虫である。夜の8時頃がゲンジボタルが飛ぶ最盛期だが、たとえ乱舞するほどいなくとも漆黒の闇に光り飛ぶ幽玄の極地は、毎年味わいたい日本人ならではの思いではなかろうか。
<2001年6月27日、神奈川県城山町穴川>

クリの花が大好きです(アカシジミ)

 むっとする独特の臭いを放つクリの花は各種昆虫に好かれている。まるでクリーム色の鬚のような花に、どれほど美味しい蜜があるのかと思われるが、論より証拠、フィールドへ行ったらクリの花に注意してみよう。このクリの開花と同時に表われるのがオレンジ色のアカシジミである。日本の蝶の中でもオレンジ色をしている蝶は珍しい方で、チョウセンアカシジミ、ムモンアカシジミ、ウラナミアカシジミとこのアカシジミである。みんなゼフィルスの仲間で、首都圏平地にはアカシジミとウラナミアカシジミが見られる。かつては武蔵野や多摩丘陵の雑木林を代表する蝶で、夕方になると活動するので、まるでオレンジ色の花吹雪が舞ってるような光景が見られたと言う。アカシジミやウラナミアカシジミを見つけるのにはクリの花が一番だが、クリの葉上や小枝で休んでいる個体も多い。しかし、何と言っても数多くの個体に会いたいなら、物凄い強風が吹き止んだら、すぐに雑木林に行くことである。強風を避けて下草に非難して来た個体に数多く出会えるはずである。アカシジミで忘れられないのがその母性本能で、卵を産み付けると、付近にある微小なゴミを集めて、卵の上に念入りに塗りつけるのである。こんな現場に遭遇したら、長時間、アカシジミを観察することが出来る。
<2002年6月9日、東京都町田市小野路町>

イボタが咲くと現れます(ウラゴマダラシジミ)

 蝶が大好きな人間の間で、特別な響きをを持っている「ゼフィルス」という言葉がある。ゼフィルスとはギリシャ神話に出て来る西風の神のことで、なんと岩波新書の扉の左下で風を吹いている神様のことである。岩波新書をお持ちの方は是非一度見て欲しい。しかし、蝶の愛好家にとってのゼフィルスとは、属より一つ上の分類単位であるミドリシジミ族に含まれている蝶のことを指す。かつてはこの仲間をゼフィルス属と呼んでいたこともあったが、現在では分類学上から消え去った。だから、昆虫図鑑を見てもゼフィルスという言葉は何処にも無い。しかし、蝶の愛好家の間では、これからもゼフィルスという呼称は消え去ることは無いだろう。日本産のゼフィルスは13属25種類生息していて、この内、首都圏の平地の雑木林には、ウラゴマダラシジミ、アカシジミ、ウラナミアカシジミ、ミズイロオナガシジミ、オオミドリシジミ、ミドリシジミの合計6種類が生息している。これらの全てが6月に発生し、その中で一番早く現れるのがこのウラゴマダラシジミだ。ウラゴマダラシジミは高等ゼフィルスに比べると尾状突起も無く、進化的には原始的なものとされているが、羽の表の青紫色は美しい。しかし、残念なことに羽を開いている時は少なく、その美しさを見られたら幸運とも言えよう。
<2002年5月28日、横浜市戸塚区舞岡公園>

いつもお顔は見えません(コアオハナムグリ)

 春がやって来てハルジオンの花が咲き出すと、何処からともなくやって来て花に顔を突っ込む。ハルジオンの花が下火になると、今度は園芸品種のマーガレットに顔を突っ込む。近づこうが少しぐらい触ろうが「止めてくださいよ」ともじもじする位で、顔を上げようとはしない。何時でも何処でもお腹を減らしている昆虫のように見える。コアオハナムグリは甲虫目のコガネムシ科の昆虫である。コガネムシ科というのは大所帯で、世界では約2万種、日本にも約400種類生息している。何しろ動物の糞が大好きなダイコクコガネやカブトムシのような立派な角を生やしたものまでいて、姿格好も大変差異があるのに一つの科である。しかし、何となく人に危害を与える事の無い草食動物独特の撫ぜ肩の気の良い奴にみえる。しかし、コアオハナムグリは羽に微小な毛が密集していて、どちらかと言うと怒り肩で、典型的なコガネムシともいえるドウガネブイブイより厳めしい。写真のようにコアオハナムグリはいつも泥をつけている場合が多い。幼虫はカブトムシと同じで朽ち木や落ち葉の中にもぐって腐った植物質を食べている。まさか、土から出て来た時に着いた泥を後生大事に持っているとは考えられず、きっと、夜とかお腹が一杯になると土の中に潜り込むのではなかろうか。
<2003年5月27日、横浜市戸塚区舞岡公園>

クズの葉上で待ってます(ホシハラビロヘリカメムシ)

 路傍や林縁で大きな小葉を三つも広げるクズは、多くの昆虫たちを育てるとても大切な植物だが、それ以外にも、昆虫たちが休憩しまどろむ場として重要である。クズは葉の表も裏も微小な毛が密集していてざらつき、これが昆虫たちにはたまらない居心地良さを提供しているのではなかろうか。このため半日陰や日陰のクズの葉上を注意して歩いていさえすれば、多くの昆虫に出会える。その中でも最も普通に見られるのがホシハラビロヘリカメムシである。それにしてもとんでもなく長い名前である。羽の上に二つの黒紋がある、すなわち「ホシ(星)」で、腹部が広いから「ハラビロ(腹広)」のヘリカメムシと言うわけである。お腹の膨らんでいる方々なら直ぐに覚えられるに違いない。ホシハラビロヘリカメムシはクズの汁が大好きなのだが、この他、フジやメドハギ等のマメ科植物に寄生する。時にはダイズ等の作物について実を吸汁する場合もあって、農家の嫌われ者でもある。近縁のハラビロヘリカメムシは各地に普通に産すると図鑑にはあるのだが、首都圏平地でお目にかかったことが無い。触覚がより太く、羽の上の黒紋は明瞭では無く、お相撲さんも驚くほどのでっぷりとした腹部の持ち主である。その食性は同じだから、気をつけて見つけ出して欲しい。
<1995年5月13日、横浜市港北区新吉田町>



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