第3章…見応えのある作品作り


■自然に素直に撮ってみよう

















本書は撮影の仕方が難しいポジフイルムを使って、一眼レフカメラおよび中望遠マクロレンズを中心とする花の写真撮影の方法を記しています。このため初心者の方には、なかなか理解しにくい部分も多く、また、金銭的な面からもすんなり飛び込むことが出来ないかもしれません。これでは本書のまず第一に意図するところの、カメラ片手に一年間の花巡りの楽しさへ踏み込むことを躊躇される方も多くなるかもしれません。そこで、まずはネガカラーフイルムを使って、お手持ちのカメラで植物園や里山等のフィールドへ出向いて、気楽にシャッターを切ることから始めることをお勧めします。そうすれば花巡りや花を写すことに対する楽しさが分かって、良い写真を写したいという欲求が目覚めて来るに違いありません。私も当然そうでしたが、誰もが最初は初心者なのですから、まずは始めてみることが肝心です。きっと、緑溢れるフィールドへ出向く事だけでも十分に素晴らしいことだと感じるはずです。

●美しいものは素直に撮ってみよう

















下記に構図やアングル、背景処理について述べますが、真正面から見てとても美しいと感じたら、構図や各種の撮影法などには捕らわれず、絞りを一絞りか二絞り絞って、露出には充分注意して何も考えずにストレートに写してみましょう。ピントは雌しべや雄しべに合わせるのが鉄則ですが、全体が一番はっきりと見える箇所や興味を持った部分に合わせる場合もあります。人とは違ったものを撮りたい、奇抜なものを撮りたいなどというよこしまな考え、よりもっと美しく撮れるだろうなどという傲慢な考えは、自然の中に美しく咲いている花に対しての挑戦でしかないように思われます。真正面から見ただけで美しい花は素直に撮影してから、アングルを変えて様々な撮影法を駆使してみれば良いのです。

●あるがままに、図鑑的に撮る

















図鑑的、あるいは見たままの姿を写そうとする花の撮影は、絞りを絞って写せばよいからと誰もが簡単に思えるかもしれません。しかし、専門的に図鑑用の写真を撮影している写真家の方々は、花や植物に対しての造詣がとても深く、花や植物を判別するに足るポインドを確実に写して、しかも全体を絵として見られるように撮影しているのですから大変です。また、一般の方でも写真歴が長くなるにつれ、あるがままの花をあるがままに美しく撮影することの方が、かえって難しいとさえ言っています。このように絞りを絞った最も自然な花の写真が、ことによったら基本的だからこそ一番難しいのかもしれません。後述しますが、図鑑的な写真や見たままの自然な花の撮影には、被写界深度が深い標準マクロレンズが最適で最短撮影距離短くて近くまで寄れる28mmや35mm広角レンズも大いに利用したいものです。

●花風景として撮る

















高原のお花畑や風光明媚な場所、寺社仏閣のある観光地等では、花をクローズアップするのではなく、レンズを引き気味にして風景的に取り扱つかった花風景の写真も味わい深いものがあります。このような場所では、中望遠マクロレンズより撮影最短距離の短い広角レンズや標準ズームレンズが適しています。花風景を写す場合に迷うのが絞りの選択です。絞りを絞ってパンフォーカス(隅々までピントを合わせる)にするのも一法ですが、背景をぼかしたものも味わいがあります。迷ったら絞り値を変えて数枚写しておきましょう。

■構図やアングル、背景処理の実際

 ピントと露出は適正で、写した花も瑞々しく美しいものであっても、構図(フレーミング)やアングル、背景の処理を間違えると、つまらない作品になってしまいます。このように、花の写真は生き生きとして形の良い美しい花や風情を感じさせる花を見つけ出して撮影することが第一となりますが、より美しく生える背景に咲いている花、より美しく見える背景を探し出すことの方が重要です。そしてその背景をどのように写し取るかが作品の良さを左右する要因となり、花の写真の腕前はそこに発揮されると私は考えています。それではどのような点に気をつけたら、作品として見応えのある写真が撮影できるのでしょうか。以下に思いつくままに列挙してみますが、多くの作品に触れて参考にすることが上達の早道です。

《構図について》

 花の写真の撮り方をカルチャーセンターで教えるまで、構図については考えたことも勉強したこともなかったが、生徒さん達が盛んに構図について教えて欲しいというのです。どうして構図構図と言うのだろう。構図も大切とは思うが、絞りの効果や露出補正、下記に列挙する背景処理などの基本的な技術を習得することの方が大切だと考えていたから、とっても不思議に思った。しかし、よくよく考えてみると、コンパクトカメラと言われる全自動のカメラでネガカラーフイルムを使用していた方とって、一眼レフカメラのような各種の交換レンズ、絞りの選択、露出補正などの手法が使えないのだから、構図以外の事柄を考えるよしもなかったわけである。要するに写真といえば構図のみが大切となっていたのである。また、一眼レフカメラを持っていたとしても標準ズームレンズ一本で、プログラムオート、多分割測光、AF撮影と言ったフルオートに設定し、ネガカラーフイルムで撮影していた方々がほとんどで、すなわちカメラ任せの方法で一眼レフカメラを使っていたのである。これでは一眼レフカメラを使っての花の写真撮影の楽しさと醍醐味を味わえるはずはない。
 一眼レフカメラを使って以下に述べる絞りの効果や露出補正、各種交換レンズによる描写の違い、見応えのある背景処理の方法等を駆使出来るようになれば、少なくとも花の写真においては、構図などという決まり切った考えなどどうでも良くなってしまうことであろう。なぜなら、各種の手法技法を使って、バランスの良い見応えのある撮る者にとって“これだ”という写真を手にすることが出来るようになるからです。しかし、私がこれまで撮影した作品に、以下に述べる各種の構図を当てはめてみると、なるほど当てはまっているなとも感じます。そこで、ここでは今まで考えたこともない構図について各種の本を開いて調べてみたので紹介します。
 また、何かにつけ構図構図と言われる方に限って、レンズによる描写の違い、ピント位置や露出、絞りの効果といった一眼レフカメラならではの写真撮影の基本的な事柄を理解していない方が多いようです。これでは優れた花の写真は撮れないのではないかと思われます。ですから、そうならないように、各種の一眼レフカメラならではの技法をしっかりと身につけ、決まり切った作品ではなく自分なりの作品をものにしましょう。

●黄金分割
 絵画の世界でも知られた構図で、画面のタテとヨコを3分割する線を引いて、その交点に被写体を配置すると安定感のあるものになると言われています。

















●7対3の構図
 例えば大地と空を取り入れる構図ですと、空を強調したいときは空を7、大地を3に、逆の場合は、大地を7、空を3という割合で取り入れると安定すると言われています。

















●ヨコ線の構図
 ヨコ線を基調とした構図です。例えば色とりどりに列状に植え分けられたチューリップ畑等の写真に良く見られますが、どこかにポイントを設けないと単調な写真となってしまいます。

















●タテ線の構図
 タテの線を画面に何本も並べたような構図です。よくある写真としては、湖水と背後のシラカバ林といった風景写真などです。

















●三角形の構図
 画面の中に三角形を作るようにして被写体を置く構図です。安定感があり高さを表現できると言われています。

















●斜線の構図
 斜めの線を基調とした構図です。花木の撮影などで枝を斜めに置いて作画して見ましょう。対角線構図もこの仲間に入り、橋などの風景写真によく取り入れられ、遠近感を表すのには好適です。

















●S字形の構図

 風景写真では道や川を取り入れることによって、たやすく遠近感を出せる構図と言えましょう。花の写真でも曲がりくねった茎を持つ花や小道に咲く花にに出会ったらチャンスです。

●大小の構図

 花の写真では大きな花を主要被写体として、その隣に同じ花ではあるが少し離れて咲いているために小さく取り入れることが出来る花を配置します。

















●日の丸構図
 日の丸構図はダサイ構図として有名ですが、被写体の存在感が一番溢れ出る構図と言えましょう。背景処理に気を配れば迫力有る作品がものに出来そうです。

















●放射線の構図
 渦を巻くような構図や一点から広がるような構図です。風景写真の世界では川の流れの渦の部分の写真で良く見かけますが、花の写真ではなかなかお目にかかれない構図です。

















●左右対称の構図
 中央付近を境として上下に対称、左右に対称と2通りの構図が考えられますが、花の写真では左右に対称の構図が多く、微妙に異なった形を対比して、見応えのある写真が出来上がります。

●L字形の構図
 難しい構図ですが、主要な被写体を画面の両端に置いて背景を広く取り入れる構図です。背景処理の腕の試しどころとも言える構図です。

















●波形の構図
 波のようにうねる構図で、リズミカル感が出せる楽しい構図と言えましょう。たくさん花が咲いていたら探してみましょう。

















 以上いろいろの構図を取り上げてみましたが、これらの構図や後述する背景処理が複雑に絡み合って素晴らしい作品になるのだと思います。良い作品は理屈抜きで素晴らしいものです。そんな素晴らしい作品に対して各種の理屈付けをしても無意味で時間の浪費だと考えています。また、自分が“これだ”と思われる写真が撮影出来たら、誰がどうこう言おうともそれで良いのだと思います。とにかくフィールドへ出て数多くシャッターを切りましょう。


《背景処理や撮影のポイント》

 前述したように花の写真の良さを決めるのは、第一に主題となる花の美しさや風情です。次に、その美しさや風情を作品としてまとめ上げられるかどうかは、構図やアングルはもとより、様々な背景処理の仕方にかかっていると考えています。なぜなら、背景処理の仕方こそ一眼レフカメラを使用した花の写真の腕の見せ所であると思うからです。構図やアングルを考えて撮影することはコンパクトカメラでも可能ですが、背景をぼかしたり前ボケを入れたりといった絞りの効果を生かした撮影や、明るめに撮ったり暗めに撮ったりといった露出の補正、そして様々な交換レンズを使用しての表現法は、一眼レフカメラならではのものです。以下に常日頃気をつけていることを列挙しますが、重複する部分も多くあり、また、複数の背景処理の仕方が組合わさってこそ見応えのある写真となることは言うまでもありません。
 繰り返しになりますが、一眼レフカメラを使用しての花を被写体としてアートすることの楽しみ、殊に各人の主観を重視したイメージ的、デザイン的な花の写真撮影の極意は、背景の美しい処理にあると言っても過言ではありません。背景処理の手法こそ花の写真の撮り方の核心部分であり、花の写真の魅力です。ですから、魅力的な花に出会ったら様々なアングルやカメラポジションから作画を心がけて、変化する背景を楽しみながらアートしてみましょう。思いもよらなかった魅力溢れる花の写真を手にすることが出来るでしょう。始めの内はとても難しいように感じるかも知れませんが、論より証拠、兎に角、いろいろと試してみて自分のものにすることが大切です。

●脇役の活用

















 主題とする花一輪が、ぽつんと画面の中にある花の写真は、たとえ美しく撮れていたとしても物足りないものです。主題となる花を画面の中の何処において、空いた空間にどのようなものを脇役として取り入れるかを常に考えて撮影してみましょう。脇役としては同じ花や葉、または、他の花や植物、樹木などを入れて雰囲気溢れる写真をものにしましょう。脇役をどのくらい入れるか、あるいは、どのくらいぼかして入れるかによって作品の良さは左右されます。

●前ボケ、後ボケを使って

















 被写体の前に出来る前ボケ、後ろに出来る後ボケは、写真ならではの独特なものです。これを積極的に活用して作品作りをするのも楽しいものです。レンズに接近して、例えば黄色い花があれば黄色い前ボケが、桃色の花があればピンクの前ボケが発生して、まるで同色のフイルターをかけたようです。もちろん、焦点距離の長い明るいレンズで絞りを開いた方が、より大きなボケが発生します。

●水面反射の玉ボケの活用

















 浅く水の残った田植え前の田圃や小川などに、太陽の光があたってキラキラと光っている所があります。ここを背景として、レンズの絞りを開放で写すと美しい玉ボケが発生します。もちろんカメラのファインダーの中で、この玉ボケを確認することが出来ます。あまりたくさん玉ボケを入れると、かえって見苦しい写真となってしまいます。このような撮影も一種の逆光撮影ですので、プラス補正が必要となります。また、円形絞りを採用しているレンズ以外、絞り込むと玉ボケが多角形になってしまいます。

●木漏れ陽の玉ボケを入れて

















 梢の間、葉と葉の間から差し込む光、葉の反射などをバックに入れると雰囲気あふれる玉ボケが発生します。もちろん、レンズの絞りを開放にすることが必要で、露出は状況に応じてプラスに補正しましょう。また、玉ボケの活用ではありませんが、木漏れ日が被写体だけを照らしていて、周りは日陰になっているような状況を作り出すことがあります。このような状況に出会ったら、一味異なった写真を手にする絶好のチャンスです。

●逆光をうまく使って

















 一般の方は逆光では写真が写らない、写ってもフレアーを起こすと考えている方が多いものです。もちろん、レンズに適正なフードも着けずに撮影したり真っ昼間の太陽を入れたりしたらゴーストやフレアーが発生しますが、このような点に十分注意して撮影すれば、順光とは異なった透明感溢れる写真を手にすることができます。もちろん、露出はプラスに補正することになりますが、補正を少なくして被写体をシルエットにするのも雰囲気溢れる作品作りには大切です。

●青空に抜く

















 真っ青な快晴の日には、青空が自然の背景紙になります。この場合も逆光と同じでプラス補正が必要となります。普通はプラス1から1.5 位の間が適正露出補正量となりますが、空の色や雲の出具合、被写体の色と取り扱う大きさや場所によって変化します。数カット露出を変えて撮影することが肝要です。

●水面や人工物を利用する


















 湖や池など水面には様々なものが映っています。青空や雲、草木などが主なものですが、このような変化溢れる水面も、自然が作り出す微妙で美しい背景紙となります。積極的に活用すると、すっきりとして雰囲気のある写真を手にすることができます。空や水面などの自然のものではありませんが、フィールドには様々な人工的に着色されたものがあります。民家や物置小屋の壁のペンキ、ブロックや煉瓦塀、工事用の水色のシート、農作物を鳥の被害から守るための緑色のネットなどです。これらのものも不自然にならないように活用すると、思わぬ作品に仕上がります。

●朝露や水滴、霜を入れて

















 朝早くフィールドへ出かけると露がびっしりと降りていることがあります。この露が花に付着して小さな丸い水滴になっているのも風情がありますし、また、逆光に露がきらめいていたら玉ボケとして活用することもできます。早起きは三文の得といいますが、蝶などの昆虫たちも静かに止まっています。晩秋になると首都圏でも霜がおります。住宅街では少ないものの郊外へ出かけると霜がたくさん降りて、フィールド一面が真っ白となることもあります。空気が乾燥する厳冬期よりも晩秋の方が霜の量は多いようです。少なくとも撮影地に午前8時までには着きましょう。それから一時間位が勝負となります。撮影のポイントとしては、朝日があたる所のものより日陰になっている所のものの方が、より寒々としたものに写って情緒がでます。また、足拵えは防寒長靴の着用がお勧めです。

●雪の中での撮影

















  雪の降ることの少ない首都圏などでは、雪が積もったら日頃得難い写真を手にするチャンスとなります。雪が降っている最中はカメラやレンズが濡れてしまいますので、雪が止んでから防寒長靴を着用して、日頃通い慣れたフィールドへ出向いてみましょう。特に持ち物としては、寒さのために性能が劣化するため予備電池と、頭上から雪が落ちて来てカメラやレンズが濡れることが多いのでタオルは必携です。雪の中での撮影のポイントとしては、露出補正を大幅にプラスにする必要が生じます。例えば、雪の中に落ちている葉や実や花を撮影する時には+1.5 以上の露出補正をしないと、出来上がった写真は露出アンダーとなってしまいます。

●太陽や夕日を入れて


















  昼間の太陽を望遠レンズで覗くことはタブーとなっていますが、広角レンズなら太陽が小さくなって可能です。また、広角レンズを使用して絞りを絞り込むと、太陽は星の光のようなクロス状になって写ります。当然のこととして被写体はシルエットに近くなりますが、風情溢れる芸術的な作品となります。太陽を入れての撮影は、典型的な逆光撮影ですから、露出はプラスに補正せねばなりません。また、水平線に没しようとしている赤い太陽なら光が減じて、望遠レンズで覗いても大丈夫です。また、中望遠マクロレンズで近距離の被写体にピントを合わせると、夕日はとても大きくなって写ります。太陽が沈むところが見られる場所を身近に探して試してみて下さい。

●ハーキーローキーで
 白っぽい写真をハーキー、逆に黒っぽい写真をローキーと呼んでいますが、意識してこのような写真となる背景に咲いている被写体を探して撮影してみましょう。ハーキーな写真は絞りを開放気味にしてファンタスチィックに、逆にローキーな写真は絞りを絞って克明に写すのが普通です。いずれにしても露出の補正は必要になりますので補正値には充分注意して撮影しましょう。

●空間を活用して

















 慣れないと絵としてまとめ上げるのは非常に難しいのですが、被写体となる花を小さめにファインダーの片隅に入れて、美しいボケや背景が広々と広がる写真を撮ってみましょう。デザイン的で夢が溢れる写真となるでしょう。また、背景処理の勉強にもとても役立ちます。

●部分をクローズアップする

















 中望遠マクロレンズの等倍付近で比較的大きな花を覗いてみると、肉眼では知り得なかった美しい世界を見つけ出すことができます。これに花びらなどの前ボケを入れて写せばファンタチックな写真が手に出来ます。このような等倍に近い撮影では手ブレ、カメラブレ、被写体ブレが付き物ですから、しっかりした三脚を使用して必ずレリーズを使いましょう。

●パターン的に撮る

















 山野草の群落や広々とした公園の花壇、樹木に群がるようにして咲いている花や葉や実などを、まるで織物の絵柄のように写し取るのも趣があります。このような場合には絞りを絞って細部までしっかり捉えるのが普通ですが、少し絞って撮影するのも味わい深いものがあります。このような撮影では写真の技術としては比較的簡単ですが、各色の色の配置とバランス、構図などが重要な作品の決め手となりますから、美的なセンスを問われることとなります。

●ローアングルで

















 背丈の低い花を横からまたは下から見上げるように撮影すると、それだけで一般的な花の写真から脱出出来ます。それは私たちが常日頃見下ろすように花を見ているからです。犬や猫にでもなったつもりで、積極的にローアングルに徹してみましょう。このような撮影の場合には、ローアングル専用のミニ三脚とアングルファインダーがあると便利です。また、ブロック等で土留めされた道路から高さのある空き地などを見つければ、普通の三脚で無理な姿勢をすること無しに撮影できますから、積極的に絵作りをしてみましょう。