2003年:つれづれ観察記
(9月)


9月30日、横浜市緑区新治市民の森〜寺家ふるさと村

 今日は本当に空が青い、秋になって今までで一番ではなかろうか。このため富士山が良く見える。例年なら雪の帽子を被っていてもおかしくないのだが、まだ黒々としている。昨夜の天気予報で風が強いとあったが、残念ながら外れてくれなかった。この強風は南海上を台風が通過しているための影響のようである。新治市民の森に行く時に限って、毎度、写真撮影日和とならないのはどうしたわけだろう。そんな訳で今日はまず第一に風景を撮っておこうと、旭谷戸の谷戸田()へ急いだ。寺家ふるさと村にも谷戸田は残っているが、写真撮影となると一番絵になるのは新治の谷戸田だ。この谷戸田は現在ボランティアの方々によって維持されていると聞く。私が通い始めた頃は、高齢のご夫婦が耕していたのだが、この谷戸田を愛する方々によって、いつまでも美しい形で残るらしい。まことに有り難い事である。この谷戸田と雑木林とが接する斜面は、穴刈りによっていつも適度な管理の草地となっていて、各種の野の花の宝庫である。小野路町のTさんに聞いた話だが、穴刈りとは谷戸の田んぼに充分日が当るように、たとえ田んぼと雑木林の所有者が異なっても、雑木林の下部をある一定の所まで無断で刈って良しと言う慣習があったらしい。いわゆる谷戸田を耕す方の日照権と言う訳だ。この穴刈りによって生じた草地と、畦の草地の合算した面積は驚くほど広く、この草地の広さが各種の生き物の生息を可能とさせていると言われている。
 本当なら谷戸田の上の空は真っ青では無く、形の良い雲が流れて来ると感動的な写真となるのだが、谷戸を囲む緑濃い杉や檜の森、太陽の光が雑木林に遮られてつくる黒々とした影、風に波打つ黄金に光るの田。青、緑、金、黒の四つの色が鮮やかに自己主張する谷戸田の美しさもまた格別である。今日は風が強いからレンズの絞りをあまり絞り込まずに、シャッター速度を高めて撮影した。これで一枚、もう一枚を早々確保しようと、すぐ近くの畑にあるゴマの実を撮ろうとするのだが、風のために瞬時さえも止まらない。ゴマの花は完全に咲き終わって実が天辺までついている。こんな風ではもう一枚写真を手にするのに苦労するぞと感じたので、かなり粘ったのだが撮影することが出来なかった。いつもとは逆周りで鎌立谷戸奥の広場まで歩いていったが、途中、野の花は風にそよぎ、時折、飛来するメスグロヒョウモン、ウラギンシジミ、クロコノマチョウ等は、あっと言う間に姿を消す。畑にあるカンナの広い葉裏にツマグロオオヨコバイが止まっていて、逆光でカンナの葉が美しく、これは絵になると三脚を立てたが一向に揺れが止まらない。雑木林の小道からキノコがあるかもしれないと目を光らせたが、皆無である。広場に着くと切り出した丸太の上にヤマトフキバッタや雄を背負ったオンブバッタが居て、これなら揺れないからとカメラを向けたが、秋の強烈な斜光がつくるどす黒い影が気に入らずに、早々と新治市民の森を後にした。
 寺家ふるさと村も状況は同じだったので、カメラにストロボを付けて歩き始める。去年の今頃、エリマキツチグリ、フクロツチガキがたくさんあったマダケの林に行ってみるがキノコは何も無い。しかし、マダケの林と休耕田が接するあたりの薄暗い所にカトリヤンマが見られた。蚊取り線香をぶら下げてカトリヤンマというのも何だか変だなと苦笑しながら、なんとか撮りたいと頑張ったが低い位置に止まってくれない。細身で腹部の密な黄緑色の横縞が美しいカトリヤンマは多摩丘陵の各所に生息しているのだが、昼間は暗い竹林が好きで、黄昏時に飛び出して来るという厄介な習性だから、まだ、良い写真が撮れていない。尾根に上がって美しいモウソウチクの竹林に、もしやキノコが生えているのではないかと期待したが、ここも皆無。途中、木漏れ日の中のアズマネザサの茎にオオアオイトトンボが止まっていたが、尾根はゴウゴウと音がするくらいの風の強さだ。こうなったら、去年、キノコヒゲナガゾウムシが食事に来ていた、コナラの大木の切り株に生えるサルノコシカケの仲間のキノコの幼菌を探してみた。キノコの表面に齧った跡が多数見られる。これはしめたと念入りに探して、やっと黒色型を1匹見つけることが出来た。それにしても、このまま雨が降らない日が続いたら秋のキノコは発生せず、我々の口に天然のキノコが口に入らないばかりか、キノコを食べる各種の昆虫も出番が無くなってしまう。四季は順調に巡ってこそ、道端自然観察が面白いというのに。

<新治市民の森で観察出来たもの>花/ヤマラッキョウ、ミズヒキ、キンミズヒキ、ノダケ、ヤブマメ、タイアザミ、ヒガンバナ、ゲンノショウコ、ツリガネニンジン、ワレモコウ、カンナ、コスモス等。蝶/キアゲハ、キチョウ、メスグロヒョウモン、ヒメアカタテハ、ヒメジャノメ、クロコノマチョウ、イチモンジセセリ、ウラギンシジミ等。昆虫/アキアカネ、ナツアカネ、ノシメトンボ、オニヤンマ、ヤマトフキバッタ、オンブバッタ等。
<寺家ふるさと村で観察出来たもの>花/サラシナショウマ、カシワバハグマ、ダイコンソウ、ツルニンジン、ヨメナ、アメリカセンダングサ、アキノノゲシ、イヌタデ、ミゾソバ、ミズヒキ、キンミズヒキ、ノダケ、ヤブマメ、スズメウリ、タイアザミ、ノハラアザミ、ヒガンバナ、ゲンノショウコ、ツリガネニンジン、ワレモコウ、オモダカ、コナギ、コスモス等。蝶/ムラサキシジミ等。昆虫/カトリヤンマ、オオアオイトトンボ、アキアカネ、ナツアカネ、キノコヒゲナガゾウムシ()、コカマキリ等。


9月27日、神奈川県川崎市麻生区黒川

 前回、川崎市麻生区黒川へ行ったのが9月9日だから、約半月間が過ぎたことになる。前回は異常な湿気と暑さのために頭がくらくらしたが、今日は晴れだというのに快適な散策が楽しめた。一週間前に寒い日が続いたから、夏を賑わせた昆虫たちは完全に姿をくらませたことだろうと思っていたが、まだ、アブラゼミが鳴いているのには驚いた。もちろん少なくなったとは言え、ツクツクボウシもかなり生き残っているようだ。一般にセミは地中で7年過ごして、成虫となって地上で7日間生活すると信じられて来た。しかし、アブラゼミは地中で5年間、成虫となって地上で2〜3週間は生き続けるのだ。中尾瞬一著「セミの自然誌」中公新書によれば、福島県南部でアブラゼミの鳴き声が一番遅く記録されたのが9月22日とある。だから、だいぶ暖かい多摩丘陵で今日鳴いていても不思議ではないが、遅い記録の方に入ることだけは間違いないようだ。谷戸の中程にある各種の園芸品種を植えて楽しませてくれる畑では、ハナトラノオは完全に咲き終わり、白と薄紫のクジャクアスターが賑やかに咲いている。三脚にカメラをつけて風の止むのを待っていると、キチョウやイチモンジセセリが吸蜜に現れて花を揺らせて邪魔をする。もうずっと前から咲いていたタマスダレが咲き残り、秋の陽を反射して眩しい位だ。コスモスは咲き始めたばかりだが、キバナコスモスは見頃で、美しいヒメアカタテが盛んに吸蜜を繰り返していた。
 先日メールを頂いた方が、秋の南方からの使者であるウラナミシジミが今年は極端に少ないと言っていた。ウラナミシジミは霜の降りない地方で越冬し、世代交代を繰り返しながら北上する蝶であるが、そう言えば多摩丘陵や舞岡公園で今年はまだ見てない。先日、甲府盆地の河川敷に行った時に、ヤブツルアズキの周辺でかなりの個体数を確認しているから、その内、関東地方にもやって来るだろうと気楽に考えていた。しかし、夏の低温が長く続いたために、ことによったら今年は関東地方では見られないという珍事が起こるかもしれない。私たちは新幹線や高速道路で箱根の山も富士山も「良い景色じゃのー」なんて言って、あっと言う間に通り過ぎるが、生物にとっては北に分布を広げるにあたって、とんでもなく厚い壁で、「箱根の山は天下の瞼」という訳である。そんな訳で、ダイズの畑で目を光らせては見たものの、一頭だに確認することが出来なかった。
 今日は野の花をたくさん撮るんだと意気込んでやって来た。まず第一に綺麗に撮りたいと思っていたのは、ずっと前から咲き続けているゲンノショウコである。ゲンノショウコは形が整った可憐な花だが、尖がり帽子のような実も可愛く、その両方が見られる今の時期が写真撮影の旬の時期と頭に刻み込まれている。そして、もう少し経つと実は弾けて種を飛ばし、実は5片に分かれて反り返り、とても風情があって面白い。この形がお祭りで担ぐ神輿のようだと、ミコシグサという別名でも呼ばれている。出来れば白花と赤花の両方を撮ろうと思っていたのだが、多摩丘陵では圧倒的に白花が多く、図鑑に書いてある「花の色は東日本では白色が多く、西日本では紅紫色が多い」という記述通りということになる。しかし、横浜の南部や鎌倉では紅紫色のものも多く見られるようになったから、その内、多摩丘陵でも多数見られるかもしれない。この他、野の花ではヨメナ、シロヨメナ、アメリカセンダングサ、アキノノゲシ等のキク科植物やオオケタデ、イヌタデ、オオイヌタデ、ハナタデ、ミゾソバ、ミズヒキ等のタデ科植物の花が多くなって、セイタカアワダチソウの花穂も薄っすら黄色味を帯びて来た。楽しみな秋の野の花巡りも、もうすぐそこまでやって来ている。

<今日観察出来たもの>花/ヨメナ、シロヨメナ、アメリカセンダングサ、アメリカイヌホウズキ、アキノノゲシ、オオケタデ、イヌタデ、オオイヌタデ、ハナタデ、ミゾソバ、ミズヒキ、ノダケ、ヤブマメ、トキリマメ、スズメウリ、タイアザミ、ヒガンバナ、クコ、ゲンノショウコ(写真右)、ツリガネニンジン、ワレモコウ、ヒヨドリバナ、オモダカ、ミゾカクシ、イボクサ、タカサブロウ、ハキダメギク、クジャクアスター、タマスダレ、キバナコスモス(写真左)、コスモス等。蝶/キチョウ、メスグロヒョウモン、ヒメアカタテハ、ヒメジャノメ、イチモンジセセリ等。昆虫/アキアカネ、ナツアカネ、コノシメトンボ、マユタテアカネ、オジロアシナガゾウムシ、ウマオイ、ササキリ、コカマキリ等。その他/アマガエル、キタテハの蛹(写真下)、ウコンの花等。


9月26日、横浜市戸塚区舞岡公園

 今日は寒くも無く暑くも無く、薄曇りで風も無い絶好の自然観察及び写真撮影日和だというのに、どうした訳か人影が少ない。しかし、さすが毎日来るTさんだけは、カラフルな細いタイヤのスポーツタイプの自転車でやって来た。「今日は静かですね。金曜日はいつもこうなんですか」と尋ねると、比較的金曜日は人出が少ないと言う。舞岡公園に来ると、まず最初に行ってみるのが、日の見櫓の傍のアジサイの葉上だ。「このアジサイの葉の上は、昆虫観察と写真撮影には最高ですね」とTさんに言うと、「緑が美しいから良い写真が撮れるんだ」と頷く。「最近、写真を整理しているんですが、舞岡公園で撮ったものに良い写真がたくさんあります。どうしてでしょうかね。それほど広くもなくポイントも熟知しているから、観念してじっくりと被写体を探すからですかね」と言うと、「ちょうど手ごろの広さなんだと思うよ」とTさんも同意して言った。余りにも広いフィールドだと巡り歩くのにばかり時間がかかって、徐々に疲れもたまって、、じっくりと絵になる被写体を探す注意力が失われてしまうのだろう。
 今日のアジサイの葉上にはクサヒバリがたくさん見られ、ヒカゲチョウがテリトリーを張って羽を開いて止まっている。毎回来るたびに、このアジサイの葉上の昆虫たちは少しずつ種類が変わるのだから嬉しくなる。まさかいつも同じメニューでは飽きてしまって客足が遠のく定食屋ではないが、私のような昆虫に関心があるものを喜ばせてあげようと、なんらかの気配りがあるようにさえ感ずるのだ。Tさんがあまり見たことが無い腹部が赤褐色で長いヒメバチの撮影に夢中になって取り掛かったので、一人でお先にかっぱ池の方に行って見ると、チカラシバにコバネイナゴが止まっている。花穂の細い茎に抱きついているもの、独特の穂に足をもぐらせているもの、雄をおぶった雌も見られる。こんな光景は本当に絵になる。前回来た時にたくさんのキバラヘリカメムシが見られたニシキギの植え込みに行ってみると、赤く熟した実を吸汁する幼虫がたくさん見られ、これもまた絵になるのである。Tさんがやって来たので「これを上手く撮ると、3000円の佳作に入選するよ」と言って二人で笑った。
 そんな訳で到着した時間が遅いこともあったが、瓜久保周辺で36枚撮りのフィルムを1本消化して、ちょうどお昼の時間となった。午後から晴れるとの予報であったが、まだ薄曇が続いている。昼食をすませるとクヌギ休憩所へ続く小道へ行った。この雑木林脇の小道は下草に休む各種の昆虫がとても面白く、また、反対側は草原となっていて蝶の観察にも絶好である。もう少し経つとセイタカアワダチソウが咲き出すが、その頃がこの草原の秋の蝶の最盛期で、ツマグロヒョウモンをはじめ各種の蝶が吸蜜に現れる。先日、小野路町であった生き物大好きのKさんが「カメムシって臭いけど、面白いですね」と言っていたが、こと舞岡公園に関しては今年の異常気象のせいかカメムシがたくさん見られる。そんな事からか小道を登った中程のコウゾの葉に、あまり多くないオオホシカメムシがたくさん見られた。横綱の武蔵丸の顔に似たインドや東南アジアに生息するジンメンカメムシは有名だが、オオホシカメムシも見ようによっては、真っ黒に日焼けした細面の人間の顔に見えなくもない。
 今日はほんの狭い範囲でたんさんシャッターを切って、すぐに帰宅の時間がやって来た。冒頭でも書いたように自然観察や写真撮影はフィールドの広さとは無関係で、好奇心と絵にする目なのだ。こんな当たり前のことをいつも感じさせてくれるのが、この不思議フィールド舞岡公園で、昆虫好きのKさん、Nさんは見えなかったが、とても充実した一日であった。

<今日観察出来たもの>花/ノダケ、ヤブマメ(写真右)、タイアザミ、ナンバンギセル、ヒガンバナ、ホトトギス、クコ、ミズヒキ、キンミズヒキ、ゲンノショウコ、ツリガネニンジン、ワレモコウ、オミナエシ、ヒヨドリバナ、キキョウ、ヨウシュヤマゴボウ等。蝶/キチョウ、ヒメアカタテハ、キタテハ、コミスジ、ツマグロヒョウモン、ヒメジャノメ、ヒカゲチョウ、イチモンジセセリ等。昆虫/アキアカネ、オジロアシナガゾウムシ、キバラヘリカメムシ、オオホシカメムシ(写真下)、ヤブキリ、コバネイナゴ、クサヒバリ等。その他/コムラサキの実(写真左)等。


9月24日、東京都町田市野津田公園

 昨日、小野路町の万松谷戸でアシやオギが生い茂る湿地で、なにやら複数の人間が調査をしている。何だろうと見に行ったら知人のSさんのお仲間だ。「ナンバンギセルを撮ってるの」と尋ねたら、「こんな湿地に生えている? 野津田公園のススキの原に生えていたけど」とSさんは言う。「それもそうだな、ナンバンギセルがあるのは、竹藪の下の方のもう少し乾いた所だものな」と言って、「じゃ、マムシを撮ってるの」と、ここの湿地はマムシの巣になっていると、以前、Tさんに聞いていたので冗談で言った。「野生のマムシは1万円で売れるから見つけたいね」とSさんの仲間が笑いながら言う。実は彼らはカヤネズミの巣を探していたのである。そう言えばSさんは「全国カヤネズミ・ネットワーク」の会員であることを思い出した。そんな事で急にナンバンギセルを撮影したくなって、竹薮の下を探したのだけれど、綺麗にススキは刈られていてありそうに無い。そして家に戻ったら、このHPの掲示板に鎌倉でナンバンギセルを見つけたとHさんからの写真付きの投稿があった。ナンバンギセルは舞岡公園のミョウガの植え込みで良く見て知っているのたが、今一絵にならないかずっとパスして来たのだ。しかし、こうなったら無性に撮りたくなった。
 多摩丘陵の動植物でいつも話題になるのは、鳥では何と言ってもオオタカ等の猛禽類、植物ならオニノヤガラ、ギンリョウソウ、ギンリョウソウモドキ、ツチアケビ、マヤラン、タシロラン等の腐生ないし寄生植物の仲間、蝶ならオオムラサキ、スミナガシ、ゼフィルス各種といったことになるのだが、へそ曲がりで生命あるもの皆平等と思っている私は、そんな珍しいものだけを探して誇らしげに言う方を避けて来たのだが、とは言うものの、私も知人に会うといつも珍しいものを話題にする。まさか、「ベニシジミがいましたよ。ヨメナが咲いていましたよ」と言ったってインパクトに欠けてしまうし、「そんなの何処でも見られるのに」と軽蔑されたくもないからだろう。とっくに50歳を過ぎたというのに、小学校の通信簿から始まった競争社会の残滓から完全に抜け切っておらず、「僕はこれでも大したものなんだ」と誇らしげに言いたい性癖が残っているらしい。でも誰でも多かれ少なかれそうなのだから仕方があるまい。そんな訳でナンバンギセルも別にどうだっていいやと思っていたのだが、上記の理由からか、また、里山を語るにあたって重要な植物だからと無性に撮りたくなった。そこで午前中は曇りという天気予報を信用して野津田公園へ行った。
 野津田公園は自然観察とは相容れない陸上競技場、サッカー場、テニスコートがあって貧弱なフィールドとしか思えないのだが、これらの施設を囲む雑木林等には、お隣の小野路町には見られない動植物がかなりある。特に上の原広場と呼ばれる、かつては茅葺屋根等に使ったカヤを刈るススキの原(カヤ場)は、多くの動植物にとって貴重である。このカヤ場が残存するのは、多摩丘陵ではここ一箇所だけではなかろうか。何と言ってもナンバンギセルはススキの根に寄生する植物なのだから、こんなに広大なススキの原があれば見つけ出すのも容易いと言うわけだ。それに今日も風が強いから、キノコ程ではないものの風に揺れないから撮影可能と判断したのだ。それにしてもナンバンギセルとは奇妙な植物である。花茎はエボナイトの様につるつるしていて細くて堅いが、その先に紅紫色の花がつくのだから不思議である。花期は図鑑によると8月から10月とあるが、既に枯れたものからツクシのように伸び出したものまであって、かなり長期間楽しめる花のようである。ススキの生い茂る中で肌寒い風に吹かれ、空もどんよりとして、草むらからは「ルー、ルー」とカンタンの儚さを誘う鳴き声が聞こえて来る。カンタンと言えば「邯鄲の夢」を思い出す。昔、中国で盧生という青年が、思いがかなうという枕を借りて昼寝をしたら、栄華を極める夢を見た。しかし、目覚めてみたらほんの一瞬であったことを悟る話である。栄枯盛衰は束の間のこと、きっと、湘南などの砂浜には、一夏の名残りのオリーブオイルの空き瓶や壊れたサングラスが波打ち際に流れ着いていることだろう。

<今日観察出来たもの>花/ナンバンギセル(写真上)、ヒガンバナ、ツリガネニンジン、ワレモコウ等。蝶/キチョウ、コミスジ、ヤマトシジミ等。昆虫/ホタルガ、キバラヘリカメムシ、イボバッタ(写真下)等。


9月23日、東京都町田市小野路町・図師町

 台風の影響で土曜日は雨、日曜日も雨、昨日は風がすごく強かった。要するに傘でもさして出かけなければ、3日間は自然観察へ誰も行けなかったはずである。昨日の朝、駐車してある愛車「小野路号」の下に、なにやら黒い液体が少量だが見られる。これはオイル漏れだとすぐに心の中が暗くなる。一昨日、このHPの開設一周年記念日で、ちょうどアクセス数も1万人を超えた。そして誕生日のお祝いを妖艶なご婦人から複数頂いて、こんな幸せな奴はいまいと思っていたのだが、「幸せと不幸は裏腹だから、嫌なことが起こるかもしれない」と心を戒めていたら、小野路号のオイル漏れ。もちろん保障期間内だから無料修理になるが、面倒臭いことには変わりない。しかも、月曜日は車のディーラーは皆お休み。「無事是名馬なり」と言う格言があるが、車だって、カメラだって、連れ合いだって、自然観察だって、無事是名馬なりという訳である。そんな訳で今朝はディーラーに寄ったから、なんと小野路町へ着いたのは11時を過ぎていた。来る途中、抜けるような青空に形の良い鱗雲が現れ、富士山も丹沢も奥多摩も黒々と見えた。そしてなによりもひんやりとして寒いくらいに涼しい。しかし、残念ながら台風の風がいくらか残っていて、写真撮影にはとても不向きである。しかし、こんな日はハイキングには最適とあって、また3日間も家に閉じ込められたストレスを発散しょうと、久しぶりに数多くの方が見られた。
 万松寺谷戸に出向いて見ると、休耕田に突き刺してある何本もの竹の棒の先に、たくさんのトンボが止まっている。どれを見てもアキアカネである。アキアカネの本隊が帰って来たのだ。しかし待てよ、金曜日は耐えられない程の残暑、そして土曜日は雨、日曜日も雨、昨日は風がすごく強かった訳だから、アキアカネは一体いつ戻って来たのだろう。ことによったらもっと前に戻って来ていて、涼しい木陰に休んでいたのだろうか。毎年、急に涼しくなってフィールドへ出向くと、必ずアキアカネがたくさん戻っている。とても不思議である。土曜日に東京で震度4の地震があった。この地震を予知した方があって、ずばり当たったとテレビで話題になっていた。アキアカネは急に寒くなるという事をやはり事前に予知し、いつなのかは分からないが山や高原から旅発ったのだろ。地震のエネルギーは想像を絶するものであるから、何らかの予兆があってしかるべきで、これが全生物の中で一番賢いと自認する人間に分からないのだから、多くの生物が笑っていることだろう。こんなにアキアカネが多くなると、ナツアカネや少量だが見られたネキトンボ、ノシメトンボはきっと隅っこに追いやられているに違いない。昆虫界でも人間社会と同じで、数はやはり力なのだ。しかし、五反田谷戸に行くと、暑い時はいつも日陰にテリトリーを張っていた、尾端がくるりと上向いているマユタテアカネが田んぼに出て来て各所に止まっていた。本当に涼しくなった訳である。
 例年ある9月中旬の秋の長雨がなかったから、今年もキノコは不作を感じさせる。キノコをずっと観察し続けている方によると、一昨年、昨年とキノコは不作の年であったと言う。今年も不作だと3年続けて不作と言うことになってしまう。高嶺の花のマツタケなんぞ超高値のキノコとなって、我が家の食卓に生えた年を忘れてしまう。しかし、土曜と日曜に大量の雨が降ったから、多分、今週末辺りは全山キノコ山に変身する事が期待される。今日だって前回来た時より良い方向に向かっているのではないか、あるいは今週末のキノコの大発生を予兆させるなんらかの変化があるのではないかと期待したのだが、キノコ尾根もキノコ山も皆無であった。しかも、落ち葉も倒木も湿り気が少なく、もっと降ってくれと雨乞いする者は、キノコ愛好家や農家の方だけではなく、キノコちゃんも地中で叫んでいるに違いない。今日、花ではコウヤボウキが見られた。女人禁制の高野山でこの茎を集めて箒を作ったのでそう呼ばれている。この他、カシワバハグマ、キバナアキギリ、ノハラアザミ、ヨメナ、ナンテンハギと、いよいよ野の花の世界も完全に秋に入り、ズボンにくっ着いて厄介者のヌスビトハギ、各種のセンダングサ、オナモミ、チカラシバ等もたくさん見られるから、薮蚊に悩まされなくなっても、「くっつき虫」が人間が来るのを今か今かと待っている。待っている者がいるのだから、みんな秋は野山に出かけねばなるまい。

<今日観察出来たもの>花/カシワバハグマ、キバナアキギリ、コウヤボウキ、ヒガンバナ、ツリガネニンジン、ワレモコウ、ヨメナ、ゲンノショウコ、ノハラアザミ、ミゾソバ、キツネノマゴ、タカサブロウ、キクイモ、ミズヒキ、ナンテンハギ、メドハギ、ヒヨドリバナ、イボクサ等。蝶/ナガサキアゲハ、ウラギンシジミ、ベニシジミ、ヤマトシジミ、ヒメジャノメ、キタテハ、キマダラセセリ、イチモンジセセリ等。昆虫/アキアカネ、コノシメトンボ、ヒメアカネ、マユタテアカネ(写真左)、ホタルガ(写真右)、コバネイナゴ等。その他/ヤマカガシ、ナガコガネグモ等。


9月19日、神奈川県足柄上郡中井町雑色〜平塚市土屋

 ついに待ちに待っていたヒガンバナの撮影の日である。今年の異常な天候不順にも関わらず、お彼岸に会わせて咲いてくれた。本当に律儀な植物である。ヒガンバナは毒々しい血の色の花と鱗茎に毒があって、しかも墓場にたくさん見られるから「シビトバナ」「ソウシキバナ」等と言うけったいな名を付けられて嫌いな方も多いが、この花が大好きな方もまた多い。まるで最近のこのHP上の掲示板を賑わせている「デジタル派」と「フイルム派」のようである。しかし、青空に透かして見る花弁は美しく輝き、また、霧雨や小雨が降った後や露が降りた後には、無数の小さな水滴が花一杯について情緒溢れる一駒となる。いづれにしても澄んだ青空、黄金色の田んぼ、ヒガンバナ、アキアカネ、イナゴとそろうと、やっと秋がやって来たと感じるのである。この花が咲く前は、残暑厳しき折の晩夏だと思うのだ。そんな訳で最近恒例となっている神奈川県足柄上郡中井町雑色に行って来た。今日の日を選んだのは、多分、今度の土日と祝日に稲刈りをするのではないかと思ったからだ。もっとも、稲を干した風景の中に咲くヒガンバナもとっても素晴らしい。ヒガンバナと言えば埼玉県の巾着田が有名で、それこそ夏の槍ヶ岳のような込み具合の順番待ちとなるらしいが、中井町に写真を撮りに来る方はほとんどいない。神奈川県下では伊勢原の日向薬師が有名だが、ずいぶんと数が減っているように思われる。私のヒガンバナの最高のイメージは山を背景にした野仏の脇に咲くヒガンバナだが、中井町にはあいにく野仏は無い。だから、黄金色の田んぼと澄んだ青空に咲くヒガンバナと言うことになる。
 先日この場所を紹介した方が行かれて「とても暑かった」と報告があったが、今日も湿度が高くむっとする暑さである。しかし、ヒガンバナを撮影に来る時はいつもこうで、「暑さ寒さも彼岸まで」という昔からの言い伝えは正解で、もうすぐヒガンバナを写しに行った「この暑さ」が懐かしくなる日がやって来る。いつもの所に車を止めてほんの少し戻って道路を渡り、小道に入って小川にかかる小さな農作業用の木の橋を渡ると、ヒガンバナが咲き乱れる田んぼに出る。この小川は水が澄んでいて堰などという厄介なものも無く、相模湾に直接注ぐから、なんとウナギも生息していると言う。子供の頃、今は無き父が私が住んでる町に流れる早淵川や鶴見川でウナギを素手で捕まえて来て蒲焼きにしくれて良く食べたが、この味は最高で、いまだかつてこれ以上の美味しい蒲焼にお目にかかったことが無い。ついでに早淵川と鶴見川の合流点はシジミがたくさんいて、良く採りに行ったことを思い出す。そんな訳でこの小川でウナギを捕ることは無理にしても、この木の橋でアブラッパヤが釣れるから、涼しい日にヒガンバナと黄金色の田んぼに囲まれて、風に吹かれて魚釣りに興じるのも楽しそうである。今日はまだ刈り入れ前で、しかも暑い日が続いたから、イナゴがヒガンバナの花穂にしがみついていたり、アキアカネやナツアカネが蕾に止まっていたりする光景は見られなかったが、ベニシジミが花弁にテリトリーを張ったり、キアゲハやクロアゲハが吸蜜に訪れていた。
 もうすぐこの暑さが懐かしくなるなんて言ってはみたものの、さすがにばてて、午後はまたしても平塚市土屋の日陰の小道へ行った。良い飲み屋を見つけると続けて通う酒飲みのようで、良い観察地を見つけると何べんも通うというのが道端自然観察好きの習性である。今日一番面白かったのは、フタモンベッコウと言う狩りバチである。小高い所にあるお寺の土留めの石垣の水抜きのパイプに巣を作っていて、針で麻酔注射を施した大好きなコアシダカグモ(?)を巣に運び入れる現場に遭遇した。なにしろ獲物は自分の身体の3倍ないし4倍はある。それを地面から約1メートルはある高さの塩ビのパイプの口まで運ぼうというのだから重労働である。しかし、休む事無く足場を選んで引っ張り上げて行く、やっとパイプの口まで運び上げたにもかかわらず、塩ビだからつるつるしていて足場を失い、獲物ともども地面に落ちてしまった。これでもう諦めるかと思ったらまた再挑戦。今度は上手くパイプの口の中に入ったのだが、小さな丸い土の粒とつるつるした塩ビに足を滑らせてなかなか奥まで引っ張り込めない。そこで昆虫のお助けマンである私が、棒でクモのお尻を押してあげたら大成功。失礼なことに「お助け有難う」とも言わずに、フタモンベッコウとその獲物はパイプの中に消えて行った。あの有名なファーブルや各種の本を読むより、フィールドでその現場に遭遇する方が緊迫感溢れてとても面白い。これでは当分、フィールド行きは止みそうに無い。

<今日観察出来たもの>花/ヒガンバナ(写真上)、ホトトギス、ツリフネソウ、ミゾホオズキ、タマアジサイ、ヒヨドリジョウゴ、タカサブロウ等。蝶/ナガサキアゲハ、クロアゲハ、アゲハ、キアゲハ、ヒメアカタテハ、キタテハ、ルリタテハ、ベニシジミ、メスグロヒョウモン等。昆虫/フタモンベッコウ(写真下)、オニヤンマ、ウスバキトンボ、アキアカネ、ナツアカネ、オジロアシナガゾウムシ、ヤマトフキバッタ等。


9月18日、横浜市戸塚区舞岡公園

 今日は道端自然観察へ行っても、「本当にやることが無い暇な人ね」なんて思われるのが恐ろしくて、観察記は書かないつもりでいたのだが、書かないではいられないものに出会ってしまった。しかも、ばっちり写真まで撮影できたのである。アカボシゴマダラである。しかも新鮮個体を2頭もじっくり観察及び写真撮影が出来たのだから最高である。「蝶って、やっぱり美しいな」とアカボシゴマダラをじっくり観察しながらつぶやいてしまった。今から45年も前に、今は無き母にせがんで買ってもらった昆虫図鑑に、素晴らしく美しい蝶が載っていた。その中の1つがアカボシゴマダラで、この他、コノハチョウ、フタオチョウ等が好きになった。しかし、説明を読むとみんな南西諸島に産するとある。この時の印象が現在まで尾を引いて、このHPを作るまで至ったのかも知れない。そんな御幼少の頃からの憧れの蝶に出会ったのだから、飛び上がらんばかりに感激するのは当たり前のことだ。一昨日のミヤマシジミと言い、今日のアカボシゴマダラと言い、なんとなく蝶の魅力に再び引き寄せられてしまいそうである。この観察記に「沖縄県与那国島」とか「北海道北見市」とか、「ツマベニチョウ」とか「オオイチモンジ」とかが登場するのも時間の問題かもしれない。
 そもそもアカボシゴマタラは日本では奄美大島だけに産し、国外では朝鮮半島、中国、台湾等に広く分布する蝶である。それがなぜ舞岡公園に見られるようになったのかは、聞いた話であるが、神奈川県藤沢市の蝶の愛好家が中国大陸のものを放蝶したのが始まりのようだ。それが地球温暖化や食樹であるリュウキュウエノキに似たエノキもたくさんあるから、アカボシゴマダラが居着いてしまったのである。現在は藤沢市、鎌倉市、横浜市の南部にのみ見られるようだが、今後、何処まで分布を広げて行くのか、あるいは定着できずに絶滅してしまうのかが注目されている。知人の話では20年間発生を繰り返すと土着種になると言う。去年も舞岡公園で見られたと言うから、もう2、3回は冬を越した訳で、私が白髪の老紳士になる頃に土着種と認められるかも知れない。やはり健康に留意し長生きをしたいものである。
 この他、今日はクヌギ休憩所で、なんとアブラゼミを追いかけるツマグロヒョウモンの雄に出会った。各種の蝶はテリトリーを張って進入してきたものを追い払うが、ツマグロヒョウモンの雄の占有行動は今まで観察した蝶の中で一番のように感じられる。この他、マユミやニシキギの葉に、キバラヘリカメムシの各齢の幼虫や成虫が見られ、ようやく色づいてきた実に吸汁している個体も多数見られた。こんな場面を美しく撮影すると写真コンテストの佳作入選は間違いない。花ではようやくホトトギスが咲き出し、ヒガンバナも見ごろで、古谷戸の里のミョウガの植え込みにナンバンギセルが今年も顔を出していた。また、毎日来るTさんが、これまた今まで出会ったことがない舞岡公園で撮影したビロウドハマキガの写真を見せてくれた。図鑑によると近畿地方に多く、四国、九州が産地とされる暖地性の美しい蛾である。舞岡公園は野鳥も少なくなり、野の花も少なくなっていると言うが、こと昆虫に関しては珍しいものがたくさん見られる貴重なフィールドである。今度はムラサキツバメ、ツマグロヒョウモンの雌、ビロウドハマキガをばっちりと撮影しに、またしても来週あたりに、舞岡公園にお邪魔しなくてはならなくなった。

<今日観察出来たもの>花/ナンバンギセル、ヒガンバナ、ホトトギス(写真右)、クコ、ミズヒキ、キンミズヒキ、赤花のゲンノショウコ、ツリガネニンジン、ワレモコウ、オミナエシ、ヒヨドリバナ、キキョウ、ヨウシュヤマゴボウの実(写真左)等。蝶/アオスジアゲハ、モンキアゲハ、クロアゲハ、カラスアゲハ、アゲハ、キチョウ、アカボシゴマダラ(写真下)、キタテハ、コミスジ、ツマグロヒョウモン、ヒメウラナミジャノメ、ヒメジャノメ、コチャバネセセリ、イチモンジセセリ等。昆虫/オニヤンマ、ウスバキトンボ、アキアカネ、オオシオカラトンボ、センノカミキリ、キボシカミキリ、オジロアシナガゾウムシ、スグリゾウムシ、ヤマトフキバッタ、キバラヘリカメムシ、アオマツムシ、アブラゼミ、ツクツクボウシ等。


9月16日、山梨県甲府盆地の河川敷〜富士山滝沢林道

 観察地を「山梨県甲府盆地の河川敷」等という場所を特定しないものにしたのは、それにはそれなりの訳がある。まず第一に、観察対象のミヤマシジミは絶滅が危惧される蝶である事。関東、中部地方の特産種である事。次に観察場所を蝶の撮影にのめり込んでしまった、幸福なる友人のKさんから紹介してもらった事などからである。ミヤマシジミはかつて首都圏の河川敷にも普通に見られた蝶で、持っている古い資料によると「都下では南多摩郡日野町付近から拝島付近までの多摩川流域に分布し、個体数もかなり多い」とある。現在の日野市が日野町と言った頃だから、そうとう昔の話である。また、別の本によると神奈川県では酒匂川の発生ポイントが紹介されている。ミヤマシジミは幼虫の食草がコマツナギのみだから狭食性の蝶である。馬の手綱をつないでも切れないという強靭な茎を持った「駒繋」は、首都圏のフィールドで何処でもお目にかかれるが、数が多く見られるとなるとやはり河川敷となる。それではミヤマシジミは河川敷にのみ産するのかと言うとそうではなく、富士山等の荒れた草原にも産するから、「荒野の美少女ならぬ、荒野の美小蝶」と言うことになる。
 現地に到着すると車の中で日焼け止めクリームをたっぷりと塗る。富士の裾野に美人はいないと言うが、紫外線が強いから、たくさん美人がいるのにみんな真っ黒になってしまうのである。しかも、川原の石や砂から反射してくる光もあるから要注意と言う訳なのだ。川原に降り立つとさすがに焼け付くように暑い。東京都を流れる川なんて「寅さん映画」に出てくるヨモギ摘みや各種の球技などが出来る穏やかな川だが、甲府盆地の川は急流の荒れ川だ。武田信玄が信玄堤を築いて名を上げたのがうなずける。さあ、ミヤマシジミだコマツナギだと目を光らせたのだが、マメ科の植物と言ったらクズ、ヤブツルアズキ、メドハギ、ヤハズソウ、ツルマメと言った類で、肝心のコマツナギは何処にも見当たらない。飛んでるシジミチョウはミヤマシジミと同じブルーの仲間(ヒメシジミ族)のウラナミシジミとツバメシジミだけである。Kさんから詳細なメールを頂いたのだが、パソコントラブルでメールを消失してしまって、また聞くのも失礼かと思ったので、「行けば分かるさ」等と言う気軽な思いで来たのが間違いであったのか、それとも完全に場所を間違えたのかなと思ったが、めげずにもっと広範囲を探して見ようと身体と心に鞭を打って歩き始めた。河川敷には砂利に擬態したカワラバッタがたくさんいて、驚いて飛び立つ羽ばたきは格別である。なにしろカワラバッタの下翅はコバルトブルーに黒褐色の帯があり、昆虫ファンなら一度は観察して欲しい飛んでる姿が美しいバッタである。
 ずいぶん探し回ってやっと飛び古した1頭の雌を見つけた。きっと食草であるコマツナギに導いてくれるものと執拗に目で追い足で追いかけると、なんとコマツナギは河川敷ではなく、土手の石を積んで間をコンクリートで固めた斜面のひび割れた場所にたくさん生えているではないか。河川敷を血眼になっても見つからなかった訳である。しかも信じられない位の個体数である。しかし、生憎のピーカンと風があるためにミヤマシジミは落ち着かず、コマツナギの花に吸蜜に来るのだがほんの束の間で、これは撮影は無理だなと思って諦めかけた時、石の上に止まる羽化したてのミヤマシジミを見つけた。三脚にカメラをつけて先ずは1カット、露出を変えてもう1カット、今度は羽全体にピント合うように慎重にアングルと構図を決めて撮影する。「水色の美しい羽の表を見せて」とじっと我慢したのだが、羽を開かずに飛び立ち、今度はアレチマツヨイグサの枯れた実に止まった。さっきより絵になる場所である。慎重に構図を決めて露出も変えて何枚も撮影したことは言うまでも無いが、やはり羽は開いてはくれずにフイルムは終了し、時計を見ると昼近くになっていた。「今日はたくさんのミヤマシジミに会えたことだけで良しとしょう。今度は曇り日に来て、羽を開いたものを必ず撮ろう」と河川敷を後にした。
 午後はもしかしたらベニテングタケが生えているかも知れないと、ダケカンバが見られる富士吉田口登山道から滝沢林道に行った。この林道は4合目位まで舗装の道を上がって行くことが出来る。すこし広くなった場所に車を止めて歩き出そうとしたら、山からキノコ狩りのグループが降りて来た。「今年は雨が降らないからキノコが無いね」と篭の中を見せてくれた。「これはタマゴタケ、これはムラサキシメジ、これはイグチの仲間ですね」等と約半年間、多摩丘陵で独学した結果からか、キノコの名前がよどみなくほとばしり出て来るのには驚いた。「よく知ってるね」とキノコ狩りのリーダー格の人に言われて、一夜漬けの浅学だから気恥ずかしくなってしまった。今日は見られなかったがベニテングタケも見られるという。荒れた水の無い沢の砂地には大きなフジアザミが、林道沿いには絶対女房には教えたくないトリカブト(ヤマトリカブト)、林内にはサラシナショウマ、蝶ではアサギマダラやクジャクチョウが飛んでいた。ことによったら表富士では見られるキベリタテハもいるかも知れない。そう思ったが早くも帰りの時間がやって来た。やはりここは一日がかりで自然観察及び写真撮影に来なければならない、第一級の広大な富士山の道端であった。

<河川敷で観察出来たもの>蝶/ミヤマシジミ(写真左)、ウラナミシジミ、ツバメシジミ、モンキチョウ、キチョウ等。昆虫/カワラバッタ(写真右)等。
<富士山で観察出来たもの>花/フジアザミ(写真下左)、ヤマトリカブト(写真下右)、サラシナショウマ、キオン、ハナイカリ等。蝶クジャクチョウ、アサギマダラ等。


9月15日、神奈川県愛甲郡愛川町八菅山〜平塚市土屋

 明日は甲府盆地だから今日も撮影に行ったら連続4日間となってしまって、9月も8月同様にフィールド行きが多くなってしまう。それに連日の厳しい残暑だから、身体もへたばってしまうだろう。たまには、これからの自然観察や写真撮影に対して、大げさに言えば人生に対してゆっくりと考える時間も必要なはずである。しかし、平日を遠征地からの帰宅の日にしなければ高速道路が低速道路に変わってしまって、とんでもなく厄介な目に遭ってしまう。そんな訳で今日は遠征途中のフィールドとして八菅山へ行った。天気は幾分気温が低いものの相変わらずの厳しい残暑である。こんなに続くと「残暑も四季の中の重要な日々」等と嘘ぶいて、フィールドで目を輝かせて楽しまなければと思うのだから人間が出来てきた。いつものように八菅橋の袂の駐車場に車を止める。準備体操ではないが肩を回しながらうろうろしていると、メヒシバの細い茎になにやら止まって、こちらを見ているものがいる。何だろうと近づいて見たらヤママユである。上に顔を向けて見回すと街路灯があった。昨晩、灯かりに引き寄せられてヤママユが飛んで来たのである。これはラッキーと思ったのだが、片方の上翅が痛んでいる。今年はヤママユを見に行くのを忘れていたが、いつもなら9月初旬に山梨県の大和村で夜の街路灯巡りをするのである。ヤママユは身体が大人の指と同じ位の太さで体重もあるから、いったん着地してから再び舞い上がろうとすると、弧を描くようにしてだんだん高度をあげて行く。なんとなくギクシャクしていてぎこちないが、それはそれで風情がある。もし夜に、東名高速の名古屋方面の足柄サービスエリアを通る時があったら、野鳥の森の街路灯にも飛来しているから観察して欲しい。なんとなんと足柄サービスエリアは隠れた自然観察の適地で、クヌギの木からはしっかりと樹液が出ていて各種の蝶が吸汁しているし、花やキノコも多い。しかし、車での移動中の犬のストレス発散の場ともなっているので、落し物には充分注意して頂きたい。
 今日は先日、八菅橋の下流に観察に行ったので、今日は上流の方へ行くことにした。ここは人の心をなごませる不思議な魅力を持った田んぼが続いている。真ん中にコンクリートで出来ているが風情溢れる水路があって、心地よい速さで清流が流れ、休耕田になっている所は低湿地の手付かずの自然を髣髴させる。そんな環境だから野の花の宝庫で、その他としてはハグロトンボをはじめ各種トンボやバッタの天国である。農道脇にはヒガンバナが咲き始め、やや日陰にある蕾にはコノシメトンボが止まってテリトリーを張り、日向にあるものにはキアゲハやアゲハが吸蜜し、野鳥除けに養魚場に張りめぐされた細かい目の網には、飛んできたクモヘリカメムシ、コバネイナゴが張り付いている。休耕田の一つにガマが密生し、中津川の土手のススキも穂を出して風に揺れている。夜はマムシがいるかも知れないが、ここから見る月は素晴らしいものに違いない。
 今日は暑さのせいにするわけではないが、先日、来た時に目ぼしいものをほとんど撮影してしまったので、八菅山での写真撮影は早めに切り上げて平塚市土屋に向かった。日陰の小道での自然観察が忘れられず、また、ミゾホオズキを前回は絞りf4で撮影して失敗してしまったのである。やはり筒状の花は図鑑的になるが、絞りをやや絞って被写界深度を深めなければ駄目である。しかも今晩のお宿は常宿の甲府ハイランドユースホステルがお休みのため、河口湖ユースホステルだから、少しでも御殿場に近い方に行っておこうと思った訳である。思った通り日陰の小道は最高である。ミゾホオズキを撮影する時だけ顔を下に向けてファインダーを覗くアングルだから、汗がメガネに滴り落ちて来て苦労するが、午後の刺すような残暑の日差しが無いのだから最高である。残暑の強烈な午後の斜光は、夏よりも長靴の中の温度を高くするのだ。今日一番の被写体はヒヨドリジョウゴである。前回来たた時はどうも見落としてしまったようだ。花良し実良し、風情溢れるヒヨドリジョウゴが大好きなご婦人が多数いるのも頷ける。そのヒヨドリジョウゴが様々な写真を手にすることが出来る程、たくさん咲いているのである。ベストに近いアングルが決まると、「せっかく手に入れたのだからペンタックス645を持って来て、超高画質の写真を手入れたかったなぁ」と欲が出る。それ程までにヒヨドリジョウゴは風流心をくすぐる野の花なのだ。

<八菅山で観察出来たもの>花/マルバルコウソウ、ヒガンバナ、ゲンノショウコ、ミゾソバ、キツネノマゴ、タカサブロウ、キクイモ、ミズヒキ、キンミズヒキ、ツルマメ等。昆虫/キアゲハ、コノシメトンボ、オニヤンマ、ナツアカネ、ハンミョウ(写真下)、ヤママユ等。
<土屋で観察出来たもの>花/ヒヨドリジョウゴ(写真右)、ヒガンバナ、ミゾホオズキ(写真左)、ゲンノショウコ、ミゾソバ、キツネノマゴ、タカサブロウ、キクイモ、ミズヒキ、キンミズヒキ等。


9月14日、東京都町田市小野路町・図師町

 今日起きて雨戸を開けると空は真っ青である。日陰になっている部分と陽が射している部分とのコントラストの差が余りにも激し過ぎて、目が眩みそうになった。「あーあ、今日も最悪だな」と溜息が出たが、いざフィールドに向かって出発した。町田方面の空を見上げると、うっすらと満月に近い月が霞んでいる。その左手に黒々とした富士山が、その右手に奥多摩の山々がかなりはっきりと見える。とても空気が澄んでいることを示している。今日は雲ひとつ無いピーカンだが、湿度はかなり低くなっているようだから、昨日よりも過ごしやすいかも知れない。いつもの場所に車を止めると、美しい雑木林から図師町の谷戸に行くことにした。こんなピーカンでは花や虫の美しい写真を自然光で撮るのは難しい。今日もこの「つれづれ観察記」のための写真を撮るのに苦労するなんて懲り懲りだとばかりに、雑木林の中に入ってストロボで昆虫を写しておこうと思ったのである。しかし、クヌギの樹液は枯れ果て、ウシアブが一匹止まっているのみであった。ウシアブを撮って載せたら、心優しきご婦人が卒倒してしまうかもしれないからとパスして先を急いだ。
 丘の上の畑と雑木林の間の小道を歩いていると、ホタルガが飛んで来て止まった。これはいただきと近づいて見ると、止まっている場所が汚ならしい。三脚の先で小突いて「もっと絵になる所に止まって」と飛び立たせたが、また、今一の場所に止まる。そんなことを繰り返したが、これで良しという場所に止まってくれないから疲れてしまった。今日はまず神明谷戸に降りて行くことにした。日陰になる下草が農道脇にかなり続いているからである。昆虫ではヒメアカネ、マユタテアカネ、ホタルガ、ヤマトフキバッタ、ヤマトシリアゲ等、花ではゲンノショウコ、ノハラアザミ、ミゾソバ、キツネノマゴ、タカサブロウ等が見られるのだが、カメラを向けるとシャッター速度がかなり遅くなる。こんな雲ひとつ無い空から差し込む秋の太陽がつくる影は、いつもよりかなり暗くなるのだろうか。そんな訳で心も暗くなった訳だが、田んぼの縁にさしてある竹の棒の先にアキアカネが止まっている。ようやく高原から舞い戻って来たようである。しかし、広い神明谷戸にたった一匹だけと言うことは高原帰りの本隊では無く、気が早いあわてんぼうの個体であるらしい。先日、寺家ふるさと村で会ったOさんの子供の頃は、世田谷区でも高原帰りのアキアカネが空に無数に見られた言う。その頃と比べようもない自然環境とは言っても、たったの一匹ということは考えられない。
 アキアカネを色付きはじめた田んぼをバックにしたり、真っ青な空をバックにしたり、広角レンズで接写したりしていたら、緑のギョロ目の大物であるオニヤンマが同じ竹の棒の中程に止まった。これはこれは本当にラッキーなことで、今年初めての多摩丘陵でのオニヤンマの1カットとなった。オニヤンマは本当に長生きで、6月に羽化してから10月まで見られるが、今日の澄んだ青空から降り注ぐ光のためか、緑の複眼がまるで宝石のように奥深くから美しく輝いていた。これでアキアカネとオニヤンマを撮ったからと意気揚揚と五反田谷戸に向かった。トンボだけでは面白くないから日陰に咲くキバナアキギリを撮ろうと思ったのである。しかし、残念ながら絵になるようには咲いてなく、今後の課題となってしまったが、やはり竹の棒の先に今度はノシメトンボが止まっている。低山地では普通だが多摩丘陵では少ないと赤とんぼの仲間である。これも様々な角度とレンズで撮影すると、Mさんが来ているはずの山桜の古木がある溜め池の方に向かった。Mさんが来るまで古木の日陰で休んでいると、なんとナガサキアゲハの雌が現れて梢に消えた。ほんの一瞬のことだったが、青空と黒地に鮮やかな斑紋を持つ蝶、そして緑濃い梢が一体となって、とても印象的な美しい印画を眼裏に焼き付けてくれた。

<今日観察出来たもの>花/ゲンノショウコ、ノハラアザミ、ミゾソバ、キツネノマゴ、タカサブロウ、キクイモ、ミズヒキ、キンミズヒキ、ナンテンハギ、ノアズキ、ツルマメ(写真左)、ヒヨドリバナ等。蝶/ナガサキアゲハ、キアゲハ、メスグロヒョウモン、ムラサキシジミ、ウラギンシジミ等。昆虫/オニヤンマ(写真右)、ナツアカネ、アキアカネ(写真下)、ノシメトンボ、ヒメアカネ、マユタテアカネ、クルマバッタモドキ、ハンミョウ、ウシアブ、ホタルガ等。キノコ/キツネノカラカサ、シロオニタケ等。その他/ニホンアカガエル、ヤマカガシ。


9月13日、横浜市緑区新治市民の森〜キノコの森

 このところ毎日ピーカンで気温と湿度が高く、しかも大型の台風の影響で風が強い。やはり前回書いたように、夏の冷夏と多雨を帳消ししようと自然の摂理が働いているようである。しかし、すでに遅しという感はあるものの晴天は稲の実りには有難い事らしいが、雨が降らないから野菜の出来が気になって来た。今日は、昨夜の飲み会で遅く帰宅した疲れも手伝って、行く前から気が萎えていたが、道端の日陰や雑木林の中ならなんとかこの「つれづれ観察記」を飾るべく写真を2枚位撮れるだろう。しかも、いくら多摩丘陵の各所でキノコが見られない状況とは言え、この風だってキノコは揺らがないし、キノコの森なら2種類ぐらいはなんとかなるのではないかと出かけた。新治市民の森に着いたのは午前10時で、今日は市民の森を一周することは諦めてハンノキ林の方へ行って見た。行く途中の農道の横の斜面にはヒガンバナが咲き始めている。今日は暑いしこんな風だから誰も来ていないなと思っていたら、写真撮影に来たご婦人に出会った。マクロレンズを付けているから花を撮りに来たのだろうと思って尋ねてみると「まだ初心者ですけど蝶です」とおっしゃる。「むむ! えー!」と驚いた。新治市民の森に蝶を撮影に来る方は、男性のIさん位で、今まで他に出会ったことがなかったのである。
 更に話してみると、なんとなんと舞岡公園で良く会うお友達のKさんのお友達だということが分かった。「何処で誰と会うかも分からないから、身なりだけは整えておかなければ駄目」といつも言われているのだが、この暑さではどんなにお洒落をしていても、すぐに汗だくとなって見られたものでは無くなるし、いつものスタイルだから最悪だ。しかし、Kさんから私のことを聞いているらしかったので少し先輩ぶることが出来て、ハンノキ林の方へ連れ立って歩いて行った。いつも小川からの水が染み出ている箇所に、黒いアゲハが2頭吸水に来ている。良く見ると1頭は尾状突起が無く、なんとなく緑がかった黒である。もう1頭は尾状突起が有り、羽の色も漆黒である。これは本当に良い場面に遭遇したと、ナガサキアゲハ(雄)とクロアゲハの見分け方について一講釈となった。ハンノキ林を過ぎてヤマウコギが見られ所まで来たので、「冬になるとこのヤマウコギの小枝に、タテジマカミキリが枝になりすまして越冬していますよ」と言って小枝を手繰り寄せると、なんと夏だというのにタテジマカミキリが越冬状況と同じ格好で小枝に抱きついていた。写真こそ風が強くて撮れなかったものの、新治市民の森で初めて見るナガサキアゲハとタテジマカミキリに出会えて、とても満足した自然観察となった。
 以上のようにとても得がたい収穫があったにもかかわらず写真は1枚も撮れなかったから、写真無しの「つれづれ観察記」もたまには良いかなと思ったのだが、何とか2枚は撮ろうと風の強い日の秘密兵器であるマクロストロボをつけて、午後からキノコの森へ行った。第1キノコの森はキノコは皆無で、眠むたそうなカブトムシの雌が一匹クヌギの樹液に来ていた。しかたなく第2キノコの森に向かう途中、ツクツクボウが異常に多く発生し、付近の樹木の幹には今まで見たことが無い程多数の抜け殻があった。もしかしたら第2キノコの森もキノコ皆無ということもあるかもしれないので、ツクツクボウシとその抜け殻を2カット撮影した。第2キノコの森に到着してみると、梅雨時のキノコの大発生が信じられない程に何も無い。撮影機材を降ろして舐めるように地面を見ながらあちこち探したら、ようやくイグチの仲間が生えていて安堵した。これはしめたとほくそえんで撮影したことは言うまでも無いが、イグチの仲間は種の判別が難しい。いつもなら可哀想なのでそのようなことはしないのだが、合掌してから手にとって臭いを嗅いだりして念入りに調べ、しかも笠を裂いてみた。すると小皿の青いインクをスポンジが吸い取るように、みるみる内に裂いた所の肉が青色に変わった。笠の上部はビロード状の茶褐色、笠の裏は緑がかった黄色、柄は赤褐色で、裂くと青色に変わるという特徴から、図鑑ではアワタケに該当するように思われる。

<今日観察出来たもの>花/キクイモ、ミズヒキ、キンミズヒキ、ツユクサ、ゲンノショウコ、スズメウリ、ヤブカラシ、ヘクソカズラ等。蝶/ナガサキアゲハ、クロアゲハ、モンキアゲハ、キアゲハ、メスグロヒョウモン、ルリタテハ等。昆虫/カブトムシ、タテジマカミキリ、オニヤンマ、ナツアカネ、アキアカネ、ヒグラシ、ツクツクボウシ、アブラゼミ、ホシハラビロヘリカメムシ、クルマバッタモドキ等。その他/アワタケ(写真左)、チャウロコタケ(写真右)等。


9月10日、神奈川県平塚市土屋

 いよいよ初秋の野の花の女王であるヒガンバナが咲き出す頃である。今年は天候がおかしかったから、もしかしたらもう咲いているのではとの思いを抱いてしまった。そこでいつも行く神奈川県足柄上郡中井町雑色の田んぼまで偵察に行った。しかし、咲き始めたばかりのようで、蕾を持った花穂がにょきにょきとたくさん出始めている。こんな今年の天候不順にもかかわらず、ヒガンバナは律儀に「お彼岸に咲く」という掟をしっかりと守っているのだ。人間社会でも人間としての掟をヒガンバナのように守ってくれたら、色々な嫌なことが起きないのにと思うのだが「人間ほど厄介な生き物はない」等と誰かの名言を思い出す。田んぼの周辺を見渡して見るとナツアカネは飛んでいるものの、いつもヒガンバナを撮影に来ると、山や高原から舞い戻って来たアキアカネも飛んでいるのだが姿が見えない。それもそうだろう今日も昨日以上に気温が高い。ことによったら冷夏及び多雨を帳消しするかのように、このまま晴天が続いて、ヒガンバナが満開になってもアキアカネが戻っていない等と言う珍現象が生ずるかもしれない。今日はいくらか風もあって時折雲が流れて来るから昨日より過ごしやすいとは言え、ヒガンバナも咲き出したばかりだし、これでは良い写真が撮れないと、偵察が終わるとすぐに平塚市土屋に行った。
 土屋に来るのは本当に久しぶりである。これと言った名所旧跡がある訳では無く、ここでしかお目にかかれないものがあると言うわけでもないから、近場の多摩丘陵通いが多くなっていたのである。これと言ったものは無いが、田んぼ、畑、雑木林が延々と続いていて、あの道この道をぶらぶら歩るくだけで各種の動植物に出会える。おまけに素晴らしい写真を手にすることが出来るのだから、しばらく来なかったのが不思議な位である。こんな日は日向では無く日陰の下草に注視して歩くのが鉄則だから、眼を凝らしてゆっくりと雑木林に沿った小道を歩いていると、多摩丘陵では少ないタマアジサイが満開である。しかし、このところの晴天続きで、特に葉はしっとりとした瑞々しさには程遠い。しばらく歩くと黒っぽい大きな蝶が眼前を横切った。網膜にしっかり残る後翅裏面の弧上に並んだ眼状紋からして、ことによったらウスイロコノマの雄かもしれない。エビズルの葉には、ジャコウアゲハの雄に擬態していて野鳥などの天敵から身を守っているから、思いっきり羽を開いてアゲハモドキが休んでいる。黒字に白のストライプがはえるホタルガが飛んでいるので、あたりを見渡すと、案の定、食樹であるヒサカキが生えていた。共に今年の第2化に当たる。
 日向は炎熱地獄だが日陰の道は快適なので、さらに注視して歩いていると、火の見櫓の鐘のような格好をしている花がたくさん咲いている。初夏に咲く紅紫色のハンショウズルでは無い、ツルニンジンである。この花は可愛らしいが悪臭があると言われているが、撮影に夢中になって匂いをかいで来るのを忘れてしまった。日陰の小道に魅せられて更に谷戸奥のどんずまりまで行くと、小さな清水を溜めている小さな池があった。ガマ(コガマ)の穂が美しかったりで久しぶりに撮影していると、ニホンアカガエルが飛び出した。これはしめたと「スイレンの葉に乗ってね」と、棒切れでお尻を撫ぜると、思惑は外れてポチャンと水の中に飛び込んでしまった。この他、多摩丘陵ではまだ見ていない可憐な黄色い花のミゾホオズキがたくさん咲いていたり、畑の去年のセイタカアワダチソウの枯れた茎にオニグモが休んでいる。この蜘蛛は網を、かつての学生時代の不精な私のように万年床にはしないで、夕方に張って朝にたたむというお利巧な蜘蛛なのである。今日も暑くて疲れたので早上がりと空を見上げると、丹沢方面からうろこ雲が広がって、やはり季節は秋なのであった。

<今日観察出来たもの>花/ツルニンジン(写真右)、ホトトギス、コガマ(写真左)、ミゾホオズキ、キクイモ、シロヨメナ、コナギ、オモダカ、タカサブロウ、クズ、ミズヒキ、ツユクサ、ゲンノショウコ、ツリガネニンジン、ワレモコウ、ヒヨドリバナ、カラスウリ、スズメウリ、ヤブカラシ、ヘクソカズラ、ツルマメ、ケイトウ、キバナコスモス、シュウメイギク等。蝶/キアゲハ、アゲハ、ミドリヒョウモン、メスグロヒョウモン、ヒメアカタテハ、アカタテハ、ルリタテハ、ウスイロコノマ(?)、ダイミョウセセリ、イチモンジセセリ、チャバネセセリ等。昆虫/アゲハモドキ(写真下)、ホタルガ、コバネイナゴ、ギンヤンマ、ナツアカネ、ヒメアカネ、マユタテアカネ等。その他/ニホンアカガエル、オニグモ等。


9月9日、神奈川県川崎市麻生区黒川

 今日は日付通りピーカンで暑くて暑くて「苦(9)苦(9)」の日であった。日曜日とそして昨日は本当に写真撮影に絶好の涼しい曇り日であったが、今日は打って変わっての炎熱燃ゆる一日である。昨晩、大丈夫、大丈夫と高データー量の添付ファィルをクライアントに送ったら、またしてもバソコントラブルが発生してしまった。添付ファイルを含めたメールの最大データー容量は10メガまでであったのである。「そんなこと知らないよ」と言っても、送信をマウスで左クリックしたら取り返しのきかない後の祭りである。そんな訳で家からの出発が大幅に遅れてしまい、黒川に到着したのは午前10時であった。車を降りた瞬間から異常な熱気に包まれた。栃木県黒磯町のブリジストンのタイヤ工場火災の現場は、たぶんこれ以上の絶えられない程の暑さであったに違いない等と暢気な冗談を吐いたが、さすがに気持ちと足取りは重い。今日は先ず最初に農家の方が栽培しているケイトウ畑へ行った。毎年、お彼岸のお墓参りに合わせて栽培しているから、少なくともお彼岸の10日前位に行かないと出荷してしまう。黒川では栽培されていないが、お彼岸用に栽培しているヒャクニチソウ、オミナエシ、シオン等の花を写したかったら、このことを肝に命じて計画を立てて欲しい。もちろん、農家の方が丹精込めて栽培しているのだから道端からの撮影となる。
 無事にケイトウを美しく1カット撮影すると、先日来た時に田んぼの稲の生育状況が悪かったので気になり、田んぼにすぐ降りて行った。しかし、谷戸中程から下の田んぼは、収穫して脱穀してみなければ分からぬものの、稲の生育は順調のように見える。前回の観察記でも報告したが、ちょうど谷戸の中央付近に気の効いた案山子(写真左)が立っていて、この案山子はスズメを追い払うことばかりでなく、黒川の稲の実りを招き入れたかのようにも感じたので、背景は今一だが案山子を出来る限り美しく撮ってみた。案山子の大きなお腹にはスズメ除けに様々なことを書いた葉書大の白い布切れがたくさん張ってある。「打倒、スズメ!」とか「スズメに勝つ!」とか「来るなスズメ!」とか。一体この案山子を作った方はどんな方なのだろう? 恐らく小学校高学年の娘さんを持つご婦人に違いない。しばらく歩いた谷戸の奥の一番生育の悪かった田んぼに行って見ると農家のお婆ちゃんがいて、「うちの田んぼはまあまあだけど、この田んぼは勤めを持ってる人の田んぼで、いもち病にやられたんだ。背負って手で圧す散布器だから、2回まいたけど効かなかったようだな」と指差して言う。「今年の稲の出来はどうですか」等と聞ける状況では無い惨状である。「それに、これから利口なスズメがたくさん来るから、たくさん食べられてしまうんだ」ともおっしゃる。「農家の方は本当に大変ですね」とだけ声をかけて、その場を離れるしかなかった。
 とにかく暑くて疲れたので冷房が効いた所で昼飯を食べようと、谷戸入り口近くにある蕎麦処「かごや」へ早めに行った。入り口脇を見るとソバが植えられていて、そのソバが純白の花をつけている。なかなか洒落た店主の気配りだな等と思いながら中に入った。こんな亭主の気配りがある店だから蕎麦も美味しい。こんな日はもちろんこれしか無いという「ざる蕎麦」を食べ、さあもう一回りと歩き始めたのだが、ピーカンでは谷戸の各所にあるキバナコスモスも風情が無く、はやくもナツアカネが尾繋がりで田んぼの上を飛んでいたり棒の先に止っていたり、休耕田にたくさんのオモダカ、コナギ、イボクサが咲いていたが、さすがに頭もくらくらして早上がりの一日となってしまった。この暑さは今も続いているから、この観察記も気持ちが伸びた内容となってしまったようである。

<今日観察出来たもの>花/キクイモ、シロヨメナ、ヨメナ、ユウガギク、コナギ、オモダカ、イボクサ、タカサブロウ、ハキダメギク、クズ、ミズヒキ、ツユクサ、ゲンノショウコ、ツリガネニンジン、ワレモコウ、ヒヨドリバナ、イヌゴマ、カラスウリ、スズメウリ、ヤブカラシ、ヘクソカズラ、センニンソウ、ノササゲ、ツルマメ、ケイトウ(写真右)、キバナコスモス、シュウメイギク等。蝶/カラスアゲハ、キアゲハ、キタテハ、メスグロヒョウモン、イチモンジセセリ等。昆虫/コバネイナゴ、ギンヤンマ、シオカラトンボ、オオシオカラトンボ、ネキトンボ、ナツアカネ、ヒメアカネ、マユタテアカネ等。


9月7日、東京都町田市図師町

 昨日は昔の会社の仲間のお誘いがあったので、久しぶりに海へ釣りに行った。お誘いがかかる内が花で、断っていたらお誘いがかからなくなる。しかし、海は大好きである。ことによったら谷戸や雑木林等の里山や高原や山より海の方が好きかもしれない。どうして海が好きなの?と質問されたら「蛇がいないし広いから」と答えるだろう。特に心地よい磯の香りを含んだ風が吹いている砂浜なんて最高で、思わず「我は海の子、白波の」と歌いだしてしまうのだ。しかし、親戚のKちゃんのようにダイビングが得意で水中カメラを持っていれば、海の生物をたくさん写せるのだが、どう考えても海の中は道端とは言い難い。しかし、砂浜や磯の小道からなら道端自然観察となるから、今度、潮風で壊れても良い機材で試してみよう。フナムシなんて気味悪いからパスするとして、カニや海浜独特の花が撮れるかもしれない。昨日は横浜市金沢区の福浦と言う岸壁だから、それ程海という感じはしないものの、その広さだけは海ならではものである。陽が沈むまではここが海という程、風が無く湿気が充満していたが、陽が落ちて房総半島の上に月と火星が現れたらいくらか涼しくなった。夜釣りの仕掛けは電子ウキで、漆黒の海面の中に浮かび漂う小さな赤いランプを見つめているのは風情がある。なにしろ釣り歴は写真及び自然観察の倍もあるので、サバ、アジ、カサゴ、クロメバルとガソリン代と餌代はしっかり取り返した。
 そんな訳で久しぶりに海でリフレッシュしたので、今日は町田市図師町の三つの谷戸を巡り歩いて、野の花や昆虫のイメージ的な写真を長時間徹底して撮ろようと、カメラザックに昼飯用の菓子パンと飲み物を入れて歩き始める。嬉しいことに昨日と異なって、やや湿度は高いものの気温が低く曇りである。しかも、吹いていた風も収まり、後は素晴らしい被写体に巡り合うだけだ。今日は長時間の駐車となるので万松寺谷戸のいつもの場所に車を止めて、まずキノコ尾根から五反田谷戸へ行った。キノコは無いかと探したのだが見るものは無く、早くもキバナアキギリが花開き、舌を噛みそうな名で困るカシワバハグマの蕾がぷっくりと膨らんでいた。それでも谷戸近くにはナラタケモドキがたくさんあった。今日はまず休耕田のハンミョウを撮ろうとカメラザックを芝地に下ろし、三脚にカメラを付け、たくさんいるハンミョウを追いまわす。普通、5回位抜き足差し足忍び足をすれば近寄れるのだが、この谷戸のハンミョウは意外と敏感で、しかも、ベストショットを狙っているのだからハンミョウの着地した場所の美しさも良くないと困る。そんな訳で飛んだり跳ねたり夢中になっていたので、出合ったUさんとはろくに話もせず、Uさんは痺れを切らした訳では無いが「お先に」と神明谷戸に向かってしまった。
 キノコ尾根でキバナアキギリが咲いていたので、去年たくさん咲いていた所へ行って見るくと、咲きはじめているのだが後一週間後位が良さそうで、撮り残していたヤマホトトギスが美しく咲いていたので慎重に撮影した。いったん舗装道路に出て神明谷戸へ向かうと、谷戸入り口の民家の庭先にシュウメイギクが咲いている。キバナアキギリといいシュウメイギクといい、やはりもう秋なのである。溜池まで来ると先に行ったUさんが誰かと話をしている。日野市から来た昆虫の大好きな方だと紹介された。お盆の頃、ヤママユを見つけて感激したと言われていた。すこし話すとこの方もそうとう昆虫好きなようである。時計を見ると早くも12時、神明谷戸で食べるより昼飯は五反田谷戸の芝地の方が良いと、Uさんと途中まで一緒に歩いて尾根を越えて五反田谷戸に戻った。本当にスズメバチは駆除されたのかと思い、山桜の古木の枝を見ながら菓子パンをぱくついていると、巣は取り除かれてはいるが大きな穴があいていて、飛んで来たスズメバチが潜り込んでいる。町田市の蜂駆除の方もこの穴の中はお手上げだったようである。昼飯を食べると白山谷戸へ向かった。途中、畑でアマガエルより恰幅の良いシュレーゲルアオガエルが体と同じ色のサトイモの葉にじっとしていた。「シュレーゲル君、天敵は誤魔化せても、私は誤魔化されませんよ」と微笑んで久しぶりにシュレーゲル君を撮影した。何処へ行っても秋色が漂い、今週末にはヒガンバナが咲き出すだろう。

<今日観察出来たもの>花/キバナアキギリ、ヤマホトトギス(写真右)、ユウガギク、コナギ、ミズヒキ、キンミズヒキ、ツユクサ、ゲンノショウコ、ツリガネニンジン、ワレモコウ、ヒヨドリバナ、ノハラアザミ、シュウメイギク等。蝶/キアゲハ、キタテハ、メスグロヒョウモン、サトキマダラヒカゲ、ヒメウラナミジャノメ、イチモンジセセリ、キマダラセセリ等。昆虫/オニヤンマ、ハンミョウ、トウキョウヒメハンミョウ、ショウリョウバッタ、ウマオイ、ハネナガイナゴ、クルマバッタ、ヒメギス、ササキリ、等。その他/シュレーゲルアオガエル(写真下)、シマヘビ、ヤマカガシ、ナラタケモドキ等。


9月5日、横浜市青葉区寺家ふるさと村

 友人から8月は行き過ぎではないのと感心されたのか、それともあきれられたのかは分からないが、自分でもそう思っていることを指摘されてしまった。数えてみると、何とこの観察記を20日分も書いていたのである。夏休みの長期遠征旅行があったとは言え、1ヶ月の三分の二もフィールドに出かけたなんて新記録である。これから9月に入ったらフィールド行きは少し控え、メスグロヒョウモンのようにやっと深い夏眠から目覚めた本業のお客さん達の商売も活発化して来たから、これから本業に身を入れて儲けさせてもらわねばなるまい。そうしないとお客様にも女房にも逃げられてしまう。来週からは忙しくなるぞ、その前に今日も行ってこようと性懲りも無く寺家ふるさと村へ行った。寺家ふるさと村は各種の新聞や雑誌やテレビ等で紹介されて、休日は観光客で一杯である。車も入ってくるから何故か落ち着かない。しかし、今日のような平日の暑い日は観光客も少なく、各種のメディアに紹介される前の静かさと長閑さが舞い戻って来ていた。そうは言っても雑木林はアズマネザザ、メダケ、マダケ、モウソウダケの天国で、荒れ放題は相変わらずで、その内、寺家ふるさと村の雑木林は無くなってしまうことだろう。そんな訳で、それほど自然観察のポイントが多いわけでは無いが、観光客でごったがえしていなければ、じっくりと自然観察をして写真撮影をするには、平坦な道とあいまって手ごろとも言えるのだから捨てがたい。
 今日はユウガギクとダイコンソウを撮影しようと谷戸奥に向かって左手の日陰の道をじっくりと観察した。今日のようなピーカンで高温の日は、陽が当たる側では陰影がはっきりと出る醜い写真になってしまうし、昆虫などは暑過ぎて何もいない。ユウガギクやダイコンソウは、もっとも普通な野の花だから何処のフィールドでもあるように思われるのだが、他所ではそれ程ではなく、何故か寺家ふるさと村には多いのである。また、夏休みに行った高原や山里にはたくさんあったが、多摩丘陵で撮影するから価値があると思って撮影しなかった。以上のような思惑で、じっくりとまるでカタツムリのような速さで舐めるように自然観察及び写真撮影をしていたら、ユウガギクの白い花弁を頭が黄褐色で上羽が黒いクロウリハムシが食べている。また、青紫で美しいツユクサの花に近い葉でホシハラビロカメムシが休んでいる。更に、咲き始めたタイアザミの花にオオチャバネセセリが吸蜜している。どれもこれも普通種と普通種の取り合わせだが、両者が一体となると、花も昆虫もそれぞれがとんでもなく生き生きとして来るのである。もっともこんな日陰ではプロビアなどの発色の地味なフィルムは駄目で、ベルビア等の鮮やかな発色をするフイルムを使うと、まるで花曇の日に撮ったかのような美しい写真となるのだからたまらない。
 無心になってそれこそ延べ50メートル程の距離しかない日陰の道端で作画していると、ここに毎日のようにやって来る高齢のOさんに合った。老博物学者と言った雰囲気の持ち主で、いつも200mmマクロレンズをカメラに付けて遠くからじっくりと写真を撮っている。「今日は静かですね」と言うと、「こうじゃなければ落ち着きませんよ。桜の花の咲く頃の休日なんて芋を洗うようでしたよ」と嘆いていた。しばらく気が合う者同士が連れ立って自然観察に耽っていると、タラノキの葉にセンノカミキリが、田んぼの竹の棒の先にはネキトンボが止っていた。初秋の斜光がネキトンボの羽の付け根を赤く燃え上がらせてとても美しい。「初めてですよ。寺家でネキトンボを見るのわ」と、Oさんは興奮した面持ちで三脚を立てカメラを据えると、一生懸命にシャッターを切った。Oさんの話では、以前には見られた各種のイトトンボもほとんど見られなくなっていると言う。Oさんと別れて昼食を摂った後、これだけは寺家にしか無いと誇れるような美しいモウソウチクの林に行った。去年の秋に、キツネノエフデやカニノツメ等の様々なキノコを見た場所である。広角レンズを使って竹林に生えるキノコを撮ろうと、実は心ひそかに狙っているのである。しかし、寺家ふるさと村も昨日の小野路町と同様で、ほとんどキノコは生えていなかった。

<今日観察出来たもの>花/ダイコンソウ(写真右)、ユウガギク(写真左)、オモダカ、ヤマホトトギス、ミズヒキ、キンミズヒキ、ツユクサ、アカツメクサ、ゲンノショウコ、ツリガネニンジン、ワレモコウ、ヒヨドリバナ等。蝶/サトキマダラヒカゲ、ヒメウラナミジャノメ、オオチャバネセセリ(写真下)、イチモンジセセリ等。昆虫/オニヤンマ、ネキトンボ、オオシオカラトンボ、センノカミキリ、クロカナブン、クロウリハムシ、ホシハラビロヘリカメムシ、コバネイナゴ、ミンミンゼミ、アブラゼミ、ツクツクボウシ、ニイニイゼミ等。


9月4日、東京都町田市町田ダリア園〜小野路町

 先日の入笠山林道入り口の農家の方が作っている花園で、センニチコウを見てしまったので無性に写したくなった。このHPは「道端自然観察館」と言うように自然という言葉が入っているのだから、園芸品種の花はそぐわないかもしれないと思っているのだが、自然を生命あるものと解釈して植物園にも良く出かける。今日は、7月初旬にも出かけて観察記でも紹介している町田市にある町田ダリア園に行った。ダリア園は8月は養生期間ということで一時休園になっていたのだ。だから再開園の始めということで、どんな具合になっているのかも興味があった。しかも、ダリア園と言っても各種の花壇の花が植えられていて、センニチコウもたくさんある。なぜか球形の花がたくさん咲いている光景が写したくなるのである。メインの花にピントを合わせると、バックに出来る大小の球形のボケが、何ともいえない独特のファンタスティックな世界を作るのである。今日は残念なことに遭遇しなかったが、各種の昆虫が花に止っていたり吸蜜に来ていたりすると、なお生き生きとした写真を手にすることが出来る。自然度の高いフィールドでは様々に考えても、緑のバックが多くなってしまうのだが、植物園等の花壇の花を取り入れると、容易く様々な色合いのバックを手にすることが出来るから嬉しくなる。今日は平日だというのにダリア園にはかなりの方が来ていた。なにしろ500種のダリアが見られるという所は首都圏ではここだけである。ダリアというと最近の品種改良による様々な花に圧され、また、昔に比べたらほとんどないに等しい一戸建ての狭い庭には大きすぎることも手伝って時代遅れの感もある。しかし、ダリア園に入るや否や、ダリアという花の様々な花色、花形に感嘆の声が上がるだろう。しかも肉厚の花弁が、まるで高性能のコンピュータで綿密に計算されたが如くに幾何学的に同心円状に渦を巻く。これを見るだけで、ダリアという花は「ただ者ではない」との思いを抱くことだろう。園芸品種としてはバラに匹敵する位の多彩な大所帯である。
 今日は曇り日で最高なのだが風が強くて、ダリアの花の撮影に梃子摺って、時間はあっという間に12時になってしまった。昼食を済ませると無人販売の野菜を買いがてら、例によって小野路町の午後のコースを一回りして来た。先日行った時よりひどくて、これといったものに出会わなかったが、ジャコウアゲハの雌が草刈によってまだ伸び始めたばかりの栗林のウマノスズクサに一生懸命に産卵していた。これから栗の毬がはじけて実が落ちると、草が生えていたのでは効率的に栗の実が探せないのである。こんなこともあってか小野路町だけでなく各所にある栗畑の下草は、この時期刈られる運命にある。しかし、ジャコウアゲハにとってはこんな残酷な人間の都合にも関わらず、栗の木の葉がすべて落ちた初冬に蛹を探しに行くと、かなりの数を見つけることが出来るのだから、その生命力の強さには驚かされる。もっとも、ウマノスズクサは定期的に草刈が行われるような所でしか生育出来ない植物なのだから仕方がない。しばしジャコウアゲハの産卵を観察すると、もう9月だからキノコ山に少しはキノコが出ているのではないかと期待して登ったが、信じられないことに皆無である。秋の長雨の後に秋のキノコの最盛期がやって来るようである。そんなこともあって先日より意気消沈しながら、ギンリョウソウモドキを見てから帰ろうと決めて、Tさん宅を右折して雑木林の小道を歩いていたら、枯れたコナラの根元近くの幹からものすごく見事なキノコが生えている。これはナラタケモドキに違いないと三脚にカメラをセットしてファインダーを覗いていると、人がやって来た。「これは柄にツバが無いからナラタケモドキですね。美味しいけど食べ過ぎると下痢しますよ」と教えてくれた。腐っても鯛ではないが、いつ行っても必ず何かに遭遇する小野路なのである。

<今日観察出来たもの>町田ダリア園の花/ダリア(写真左)、ペチュニア、センニチコウ(写真右)、メキシコヒマワリ、アメリカフヨウ、フヨウ、サンジャクバーベナ、ヒャクニチソウ、マリーゴールド、ニチニチソウ、トレニア、サルビア、セージ、ベゴニア、マツバボタン、ノウゼンハレン、クレオメ等。小野路町で観察出来たもの/ジャコウアゲハ、サトキマダラヒカゲ、ヒメウラナミジャノメ、カブトムシ、カナブン、オオスズメバチ、オオシオカラトンボ、ヤマトフキバッタ、ツクツクボウシ、スケバハゴロモ、ベッコウハゴロモ、ナラタケモドキ(写真下)、ギンリョウソウモドキ等。


9月3日、横浜市戸塚区舞岡公園

 観察記を見ると約1ケ月ぶりの舞岡公園になる。そんなに行っていなかったのかなと思う程、私にとってとても身近なフィールドである。いつもの場所に車を止めて、スニーカーでも気楽に回れる所だというのに長靴を履き、腰に蚊取り線香をぶら下げての本格的なスタイルである。植物園以外はこうすると何故か落ち着くのだから「道端自然観察官」の職業も、ようやく身について来たようである。まず、最初に火の見櫓前の梨園入り口に、一本だけ植えてある梨の実を撮ろうと歩き出す。梨は他家受粉だから異なった野生に近い梨を畑の片隅に植えなければ結実しないのだ。大好きな桃の季節は終わり、これからは何と言ったって梨である。冷蔵庫で冷やしたものを丸ごとかぶりついた時の美味しさは、ことによったら桃をも上回るかもしれない。そんな果物好きだから各種の果実を写したくなるわけだが、袋を被ってない熟した梨の写真が撮れる所は少ない。と言う訳で舞岡公園の梨園入り口のものを狙っていたのだが、道路脇になっていたものは誰かに盗られたか、それを予想して農家の方が収穫してしまったようである。しかし、転んでもただでは起きない幸運がやって来たのだから素晴らしい。梨園を囲っているヒノキの垣根に見知らぬ蝶が飛んで来て止まったのだ。近づいて見ると日本全国の蝶愛好家に話題のアカボシゴマダラでは無い。もっと近づくと飛び立って羽の表の紋様が瞬時だが確認できた。焦げ茶色の地に青紫に囲まれた白い紋が4枚の羽に一つづつ付いている。これは今まで見たことが無い蝶である。最初はメスアカムラサキと思ったのだが、後ろ羽の裏面が焦げ茶の地に白いストライプが入っていたので、帰宅して調べて見るとリュウキュウムラサキの雄であることが判明した。恐らく台風10号による迷蝶と思われる。証拠写真を撮っておけば良かったが、いくらか破損した個体で絵になる場所に止っていなかったのでパスしたことが悔やまれる。以前に平塚市土屋でアオタテハモドキの雄を見ているから、これで迷蝶を2種見たことになる。
 興奮覚めやらぬ思いを持ちながらも、舞岡公園の午前中のいつものコースを歩き始める。まずは火の見櫓から河童の池へ行った。ツクツクボウシが盛んに鳴いていて「オーシンツクツク、もう夏は終わったよ」と大合唱している。道路脇に植えられたコムラサキの実は紫に色付き始め、初夏の頃その美しさにいつも感動させられるアカスジキンカメムシの若齢幼虫が実に口吻を刺して汁を吸っている。4齢ないし終齢で越冬するまでにはだいぶ時間があるというのに、アカスジキンカメムシの幼虫たちはとても勤勉のようである。そんな姿を見たにもかかわらず、古谷戸の里に向かって陽がさす道を歩き始めると「今日はどうしてこんなに暑いの」等と愚痴が出て来る。しかし、歩を緩めてキョロキョロと辺りを観察すると、桐の蕾がもう膨らみ、ツリガネニンジンやクコの花が愛らしく、ナガコガネグモやジョロウグモも成長し、ホウズキの実が朱色に色づいている。もう9月だからいないのではと思ったセンノカミキリが、タラノキの葉を夫婦でかじっている。今が花期のヌルデの幹に、あの奇怪なマダラアシゾウムシこそいないものの、いつもの舞岡公園がそこにあった。僭越とは知りつつ掲示板に「9月3日に舞岡公園に行きます」と告げていたので、火の見櫓に戻って昼食をとっていると、Tさん、Kさん、Nさんがやって来た。別に何を話したのかはわからぬものの、自然好きが集まってワイワイガヤガヤ、ヒソヒソコソコソと、とりとめの無い話をするのはとても楽しいものである。「観察後のビールが美味しいから毎日来るんだ」と謙遜しておっしゃるTさんも、股旅物に出て来る親分の風貌から学者顔に変貌しているのには驚いた。しかも、最近の写真を見せてもらうと、あのアカボシゴマダラの秋型やツマグロヒョウモンの写真をたくさん撮っている。「犬も歩けば棒にあたる。毎日くれば珍しいものに出会える」とTさんは以前言っていたが、それだけでこれ程までの写真が撮れるものでは無かろう。

<今日観察出来たもの>花/クコ、ミズヒキ、キンミズヒキ、ツユクサ、白花のアカツメクサ、赤花のゲンノショウコ、ツリガネニンジン、ワレモコウ、オミナエシ(写真右)、ヒヨドリバナ、ヒガンバナ等。蝶/モンキアゲハ、クロアゲハ、カラスアゲハ、アゲハ、リュウキュウムラサキ、ヒメウラナミジャノメ、コチャバネセセリ、イチモンジセセリ等。昆虫/オニヤンマ、ギンヤンマ、ショウジョウトンボ、ウスバキトンボ、オオシオカラトンボ、シオカラトンボ、コシアキトンボ、センノカミキリ、オジロアシナガゾウムシ、ヤマトフキバッタ、コバネイナゴ、ミンミンゼミ、アブラゼミ、ツクツクボウシ等。


9月1日、長野県諏訪郡富士見町入笠山

 
今日はやっと晴天に恵まれそうである。今年最後の夏の高原に別れを告げるには絶好の天気である。昨夜から何処へ行こうかとユースホステルで地図とにらめっこをしていた。大菩薩峠へ行ってフシグロセンノウも見たいけど、どうも携帯電話が通じるかが怪しい。私の携帯電話はJフォンだから、JRの線路の傍はばっちりなのである。地図を見ていると入笠山は中央線の線路が見下ろせる位置にある。ここなら携帯電話は使えるとばかりに、甲府ハイランドユースホステルからは少し遠いいが、高速道路を使って行くことにした。国道20号線を左折して入笠山の道に入ると、懐かしい各種の花を畑に植えている家の前を曲がる。今日は時間が無いから立ち寄るのはよそうと思って通り過ぎるが、余りにもダリア、ヒャクニチソウ、アサガオ、サルビア、センニチコウ等の花が美しかったので、Uターンして覗いて見る。かつてここの花園の作り主のご主人が「何を作っても上手く作れないから、花を咲かしてるんですよ」と謙遜して言われたことを思い出す。今日は撮影こそしなかったのだがすばらしい出来だ。その花園から少し登ると純白のソバの花が咲く畑、更に登るとアカマツの森に入り、道の傍らにキキョウが咲いてコノシメトンボが止まっている。更に登ると目が覚めんばかりの花園が作られている。もう、こんな光景が10年も変わらず夏に見られるのだから、富士見町は素晴らしい。
 林道はぐんぐん高度を上げて、車が八ヶ岳の方向に向くと広大な裾野を広げた雄姿が目に入って来るのだが、今日は生憎にも山頂は曇りである。見渡してみると観音平には雲がかかっていない。今年は昨日の甘利山、今日の入笠山、夏休みの浅間連峰と各所に行ったが、八ヶ岳の観音平だけには行けなかった。ここにはエゾゼミ、コエゾゼミという高原を代表するセミがたくさんいて、とっても良い写真が撮れるのである。入笠山の林道は入り口の標高は1000mもあり、道も広くカーブも緩いから甘利山より楽に大阿原湿原に到着する。ここから左の林道を少し走るとベニシジミ、コヒオドシ、ミヤマシロチョウ等の高山蝶やキベリタテハ等が多い釜無山の登山口に着くのだが、舗装が途中迄で、愛車「小野路号」の健康を考えて駐車場に車を止めて大阿原湿原を一回りする。ここには湿原に適した山の植物が見られるから、植物好きなら必ず立ち寄らなければならない場所である。湿原に渡した木道を歩いていると、花弁は細いがウメバチソウのような格好で、花弁の先端に茶褐色の斑点、二つの緑色の紋を持つ花がたくさん咲いている。何だろうとても印象に残る美しい花である。きっとリンドウの仲間であろうと思い、車に戻って図鑑を開いて見ると、リンドウ科アケボノソウとある。湿原を後にすると山頂直下までは各所で車を止め、花や蝶を観察するのだが風が強くておまけにピーカンで観察のみとなった。しかし、クジャクチョウやスジボソヤマキチョウが各種の花を訪れ、なんとあの美しいアサギマダラが牧場の牛の糞に集団で吸汁しているのには驚いた。
 そんな事をしていたらすぐに時計は12時を指した。これから下山して白州町の中山峠の雑木林を見てから帰宅しようかとも思ったが、雑木林の夏の昆虫はもう終わっていることだろうし、昨日は甘利山の山頂を極めたのだから今日は入笠山の山頂を極めて来ようと決心し、長靴をスニーカーに履き替え、水の入ったペツトボトルの小壜と28mm広角レンズをポケットにつめ込んで歩き出す。なんてことは無い、30分もすれば山頂に立てるはずである。とは言うものの岩が剥き出しになった急な登山道はきつい。しかし、涼風吹く山頂(写真左)にたったらそんな事はすべてを忘れてしまった。この山頂からは日本100名山の内の10峰以上は見られるはずである。生憎今日は回りの山々は雲に煙っていたが、快晴なら富士山から右回りで甲斐駒ケ岳、北岳、間の岳、仙丈ケ岳、空木岳、木曽駒ケ岳、穂高岳、槍ヶ岳、常念岳、美ヶ原、霧が峰、蓼科山、八ヶ岳、瑞がき山、金峰山、大菩薩嶺、鳳凰三山の18峰位は見えることだろう。「あっ、諏訪湖が見えるわ」と登って来たご婦人とその娘さんが感激して指差している。「何処から来たの」と尋ねると、あの「いいな」の伊那、「否」の伊那だと言う。おお懐かしい、私が3年間も学生生活を送った地からだ。懐かしい伊那弁でしゃべってくれるので余計懐かしくなる。伊那名物のローメンの美味しさや駅前の喫茶店「バンビ」、ヒカリゴケで有名な駒ヶ根の光前寺等が話題となって、「雲か柳か勘太郎さんは、伊那は七谷、糸引く煙」と勘太郎月夜歌でも歌いたくなった。

<今日観察出来たもの>花/アケボノソウ(写真右)、ハナイカリ、トリカブト、マツムシソウ、ヤナギラン、ハクサンフウロウ、マルバタゲブキ、ツリガネニンジン、クガイソウ、クサレダマ、ノアザミ、シシウド、シモツケソウ、ヤマオダマキ、コバギボウシ、コオニユリ、ワレモコウ、ゲンノショウコ、アキノキリンソウ等。蝶/アサギマダラ(写真下)、スジボソヤマキチョウ、エルタテハ、クジャクチョウ、ミドリヒョウモン等。



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