おもしろ昆虫記
(3)

ハルジオンの花が大好きです(コチャバネセセリ)

 ハルジオンの花が満開になる頃、昆虫の世界は賑やかさを増して来るが、コチャバネセセリも地味ながら忘れられない存在である。蝶の中でもセセリチョウ科の仲間は毛深くて地味な色合いのものが多いために、蛾ではないのと誤解されている方も多い。それもそのはずで、蝶はアゲハチョウやモンシロチョウ等が属するアゲハチョウ上科とコチャバネセセリが属するセセリチョウ上科と、科よりももっと高位な段階で分類されているのである。それ以外の羽に鱗粉を持つ昆虫のグループである鱗翅目の仲間が、蛾と分類されているのであって、そんな訳でセセリチョウ上科の仲間は、蛾ではないものの特異な蝶のグループと言っても過言では無い。コチャバネセセリは年に2回発生するが、春型は大型で羽の裏側が金色のように輝いているが、夏型は黒褐色が強くてやや小型である。食草はタケ類で、首都圏平地では主にアズマネザサを食べていると思われる。また、夏に高原へ行くと多数見られるが、これらは主にクマサザサを食べているのではなかろうか。幼虫は葉の表面を内側に巻いて巣を作り、主脈だけを残して葉の基部から規則正しく食べて行くという習性がある。このため、主脈にぶら下がった巣の状況を呈しているので見つけるのは簡単である。
<1994年4月29日、神奈川県葉山町木古庭>

触覚揺らして飛んでます(ホソオビヒゲナガガ)

 日差しがだいぶ強くなって来る4月下旬から5月にかけて、写真のように触覚が細くて異常に長い蛾の仲間が現われる。こんなに長い触角を持っていたら、さぞかし邪魔になるだろうと誰もが考えるだろうが、確かに素早く飛ぶことは出来ないものの、サーカスの綱渡りの曲芸で長い棒を水平に持ってバランスをとるように、ヒゲナガガの仲間も触覚でバランスをとって飛んでいるのである。もちろん、飛び方は遅くて長い触覚を震わせるがごとくにユーモラスに飛んでいて、一見の価値ある初夏ならではの楽しみとなっている。もちろん触覚の長いのは雄で、羽の3倍前後の長さがあり、雌は羽の長さと同じくらいである。ホソオビヒゲナガガはウスバシロチョウを見に行くと、山里の渓流沿いの林道にたくさん見られたので、山里の蛾と思っていたのだが、平地のフィールドにもたくさん生息していることが分って、より親しみが増して来た。私の持っている蛾の図鑑には16種類のヒゲナガガの仲間が紹介されているが、図鑑によると本種は平地から山地まで極めて普通であると書かれている。しかし、その他の詳しい習性や生態はほとんど記されておらず、3000種類以上生息し、研究者、愛好家が他の昆虫に比べると雲泥の差がある程少ない蛾の分野ならではの記述である。
<1998年4月26日、横浜市緑区長津田町>

樹液酒場の常連です(カナブン)

 何処へ行ってもクヌギやコナラの樹液が出ていれば、必ずいるのがカナブンである。そんな訳で昆虫が大好きな少年達には見向きもされない。また、君がいてはオオムラサキ等の蝶がやって来ないから、何処かに行ってててねと追い払っても、5分も経たないうちに一匹また一匹と舞い戻ってくる。まこと樹液に関しては、したたかで強情者のカナブンである。カナブンとはとっても面白い名であると思って調べてみると、金属光沢を持つ、すなわちカナ(金)とぶんぶんと羽音をさせて飛び回ることよりカナブンと付いたとある。カナブンはとても飛行上手で、カナブンが属するハナムグリ亜科の連中は、他の甲虫と異なって固い鎧の様な前翅を広げずにすこし持ち上げ、その隙間から後翅を出して飛ぶことが出来る。要するに二枚の羽で飛ぶわけで、後ろ羽が退化して二枚となった、やはり飛行上手の双翅目のアブやカやハエと同じような訳である。首都圏の雑木林にはクロカナブン、シロテンハナムグリがカナブンの仲間として代表的だが、山里に行くと、これがカナブンかと思わせる深みのある緑色が光り輝くアオカナブンやアカマダラコガネというちょと変わったカナブンにもお目にかかれる。また、コンゴにいる巨大なゴライアスオオツノハナムグリもカナブンの仲間である。
<1996年7月27日、山梨県敷島町>

山里で緩やかに飛んでます(ウスバシロチョウ)

 5月に入ったら良く晴れた日に山里に行って見よう。栗林があるような開けた草地で、薫風に乗って緩やかに舞うウスバシロチョウに出会うことだろう。付近にハルジオンやネギボウズがあれば、一生懸命に吸蜜している個体を間近に見ることが出来るだろう。ただしウスバシロチョウはとっても寝ぼすけで、しかも寒がりだから、午前10頃に着くと良い。また、林道などを山奥深くまで詰めると見られなくなるから、人家が沢山あるような山里が一番である。このように書くと、ウスバシロチョウは南方系の蝶と思われてしまいそうだが、首都圏では低山帯から南に分布を広げることは出来ない北方系の蝶である。その名にシロチョウと付くし、羽も丸く尾状突起も無いからシロチョウ科の蝶のようだけど、れっきとしたギフチョウに近縁なアゲハチョウ科の仲間である。ウスバシロチョウと言えば、ギリシャ神話やヘルマン・ヘッセの小説に登場する羽に鮮やかな赤い紋を持つアポロチョウを思い出す。先日、フィールドで出会った方がドイツでアポロチョウに会って来たという羨ましい話をされていた。日本にはこの他に、北海道にヒメウスバシロチョウが、また、大雪山には赤い紋を持つウスバキチョウが産する。後者は、何と高山植物のコマクサを幼虫が食草としているのである。
<1994年5月22日、東京都あきる野市養沢>

初夏を告げて飛んでます(アオスジアゲハ)

 ゴールデンウィークに、もし遠くへ出かけることが無かったら、クスノキがたくさん植えられている公園へ行ってみよう。黒地にコバルトブルーの筋を持つアオスジアゲハに出会うことだろう。この垢抜けたいでたちは、日本の約240種類ある蝶の中でも異例な存在で、さすが東洋熱帯を起源とする蝶であると納得させられる。このため東北地方の北部や北海道には分布しない。アオスジアゲハのような前後に羽が長い蝶は飛ぶのが非常に巧みで、捕虫網で捕えようとしたら苦労させられるに違いない。アオスジアケハは、防虫剤のショウノウをとるので有名なクスノキやヤブニッケイ、タブノキ等のクス科樹木の葉を幼虫が食草としている。このなんとも奇妙な昆虫があまり利用しない植物を食べるという食性は、アオスジアゲハの力強い分布拡大の原動力になっているようにも感じられる。アオスジアゲハのコバルトブルーの帯には鱗粉が無く、翅膜の色彩によるものだと言われ、言わば黒地に青い窓を持った蝶なのである。この窓は春型の方が幅広く、5月の青空は本当に爽やかで透き通っているから、初夏こそ一層美しく見えるのだろう。なお夏の暑い日などに通り雨があって、雄が多数集まって地面に残った水を吸水している光景は、とても印象的である。
<1991年5月6日、横浜市港北区綱島公園>

農家の方のお友達です(テントウムシ)

 農作物に多大な被害をおよぼす昆虫は多く知られているが、1mm前後のアブラムシは小さいけれど、その数は物凄く多いから作物の重要な害虫である。そんなアブラムシを捕食してくれる有り難い昆虫が沢山知られているが、何と言ってもテントウムシの仲間が特に有名である。テントウムシは、他のテントウムシと間違えないようにナミテントウと呼ばれることもある。また、上翅の斑紋の変化は多彩で、黒の地に赤い紋が二つ(二紋型)、黒の地に赤い紋が四つ(四紋型)、黒の地に赤い紋がたくさん(斑紋型)、赤い地に黒い紋がたくさん(紅型)の四つの型に分けられるが、いろいろな中間タイプもあって一筋縄では行かない。このような斑紋の変化は遺伝的なものであるが、気温とも深い関係があるらしく、北のほうに行くほど紅型が多くなり、南に行くほど黒っぽい二紋型が多くなることが知られている。写真は紅型で、標高の高い所で撮影したものだから、紅型が多かったのかもしれない。自分の近くにどんな斑紋のテントウムシがいるのか調べてみるのも楽しいことだろう。なお、テントウムシを漢字で書くと「天道虫」で、指や棒に止らせると這い上がって行き羽を開いて、太陽(天道様)に向かって飛び立つので、そう名が付いたと言われている。
<1995年8月17日、群馬県六合村野反湖>

農家の方の嫌われ者です(オオニジュウヤホシテントウ)

 全てのテントウムシが農家の友である益虫であると思っていらっしゃるかも知れないが、食植性のテントウムシもいて、こちらは立派な害虫である。特にナス科の作物であるジャガイモに甚大な被害をもたらすマダラテントウ類に属するオオニジュウヤホシテントウは、何処へ行っても普通に見られる。日本にジャガイモが入ってきて栽培されるようになってから100年ほど経つと言うが、それではジャガイモが栽培されるまではどんな植物を食べていたのだろう。こんな素朴な疑問は、青森県の蔦温泉付近や東京の高尾周辺の林で、ナス科とは全く異なるメギ科のルイヨウボタンを食するオオニジュウヤホシテントウが発見されて謎が解けた。このルイヨウボタンを食するテントウムシにジャガイモの葉を与えると好んで食べ、また、ジャガイモの葉を食べているものにルイヨウボタンを与えるとこれまた立派に育つ。そこで昆虫学者の安富和男博士は「武蔵野の雑木林で昔ルイヨウボタンを食べて暮らしていたテントウムシが、林が開かれてジャガイモ畑に変わっていったとき、ジャガイモに移って繁殖したと推定される」と述べておられる。しかし、オオニジュウヤホシテントウもジャガイモさえ入ってこなかったら、害虫呼ばわりされなかったのだから、誠に気の毒な昆虫とも言える。
<1999年4月25日、東京都町田市小野路町>

日本一の力持ち(カブトムシ)

 写真の虫をご存じない方はいないだろう。日本で最もポピュラーで力持ちのカブトムシである。ことによったらこう書いては北海道の方からクレームが来るかもしれない。北海道には産しないのである。しかし、デパートでは売られているというから、多くの方が一度は見たことがあるだろう。かつてはカブトムシは日本最大の甲虫であったのだが、1981年に沖縄本島の国頭村でヤンバルテナガコガネの雌の胴体だけの屍骸が発見され、1983年には生きている雄が発見されるに及んで、ついにカブトムシはヤンバルテナガコガネに日本最大という冠を手渡したのである。私のように昆虫を専門にして写真撮影をしていると、一年間に何十匹も出会うが、一年の最初に出会ったカブトムシには、その存在感に魅了される。子供のためにカブトムシを手に入れようと、父親が子供を連れて昼間現われるが、まずもって虫かごの中にはカブトムシは入っていない。カブトムシは夜行性で、夕方になるとブーンという羽音を響かせて樹液に集まって来る。しかし、昼間でも暗い場所や草が生い茂った根元辺りに樹液が出ているクヌギやコナラなら、夜のうちから居残ったカブトムシにお目にかかれるはずである。そんな習性を知って、父親たる威厳を子供に見せて欲しいものである。
<2001年7月28日、神奈川県大井町>

小さくとも臭いです(マルカメムシ)


 首都圏平地で最も個体数が多いカメムシである。ご覧のようにお尻の方が広がった独特の格好で、茶褐色ではあるが、つやつやとニスを塗ったようである。特にクズやヤマフジが大好きで、春に越冬した成虫が新しく伸びた茎や枝に、それこそ押しくら饅頭のようにひしめき合って多数見られることがある。このような状況の時は、こんなに可愛らしいカメムシなのに、なぜか気味が悪くなる。私のようにな昆虫大好き人間だってそうなのだから、多くの天敵たちにも近づきがたいという効果があるのかもしれない。このように昆虫には集合性が見られるものがとても多いが、やはり天敵対策や温度保持などの理由があって群れるのだろう。初夏になると特にクズの茎の先にバナナ形の卵を2列に産み付けるという。秋になると多数が人家の近くに現われる時がある。その臭いで嫌われて騒ぎが起きることもあるそうだ。かつて我が家にもやって来て、外に干してある洗濯物にとまり、そのまま取り込んだからさあ大変。マルカメムシが発する臭いが洗濯物について、このためにもう一度洗濯せねばならなくなった。秋になったら洗濯物を取り込む時は良く振ってからにしたいものである。また、マルカメムシは、ダイズやアズキなどの栽培マメ科植物の害虫であるという。
<1996年11月10日、横浜市都筑区>

都心にも生息しています(ツマキチョウ)


 毎日新聞(2001年4月21日付)に千代田区にある北の丸公園で、ここ4〜5年、都心ではほとんど見られなかったツマキチョウが姿を見せるようになったと書かれていた。どうもお堀端に群生する野生のアブラナ科植物が発生源らしいと言う。ツマキチョウは春に1回、成虫(蝶)となって現われるスプリング・エフェメラルの蝶である。野生のアブラナ科の植物の花や実を食べて成長し、サクラの咲く頃までの長い間を蛹で過ごすのだから、自然環境が整わないと生息出来ない蝶である。写真はツマキチョウの雌である。雄は上翅の先端表面にオレンジ色の斑紋がある。蝶の観察に慣れてくると、地面より一定の高さを保ちながら羽を小刻みに動かして真っ直ぐに飛ぶ性質があり、また、モンシロチョウやスジグロシロチョウより一回り小さいこともあって、すぐに判別できるようになる。かつては多摩丘陵の谷戸にも沢山いたのだが、水田が埋めてられ畑に変わって、食草とともにその数はだいぶ減少している。南アルプスや北アルプスに行くと、ツマキチョウのように羽の先端がかぎ状ではなく丸く、しかもオレンジ色がより鮮やかで、上翅の先端表面の半分を近くを占める美しく可憐なクモマツマキチョウが、残雪を残す山々を背景として飛んでいる。真にその姿は感動ものである。
<1992年4月18日、横浜市緑区三保町>

なかなか止ることがありません(コシアキトンボ)

 6月から発生するのだが、何と言ってもカッと暑い夏に相応しい池のトンボである。ギンヤンマなどの大型のトンボを抜かして、溜池や公園の池で保虫網でトンボを捕まえようとした時、一番手ごわいのはコシアキトンボである。まず、第一に写真のように池に刺さった棒などに止って休むことが少なく、常に飛び続けているといった按配で、しかも、もう少しで保虫網が届くと思われる距離にまで近づくと、急にUターンして去ってしまうのである。このため子供たちの間では、コシアキトンボを捕えたらちょっとしたヒーローになれたのである。コシアキトンボの雄は黒地の身体の中央に白い部分が一際目立ち、雌は雄に比べるとやや黄色っぽいものとなるのだが、このコントラストが一度見たら忘れられないトンボとするのである。また、良く注意して見ると後ろの羽の基部が黒褐色になっている。残念なことに水質汚染のためか数は減っているのだが、どこの池でも必ず生息しているから女性の方も知っていることだろう。いつも池でパトロールかと思われるかも知れないが、羽化したての若い頃は、小さな群れを作って木立のやや開けた場所の上空を飛んでいる。その後、成熟すると池に戻って縄張りを作って水面近くを飛翔する。このことを専門的には「なわばり飛翔」と呼んでいる。
<2001年6月9日、東京都大田区せせらぎの森>

少し日陰が大好きです(オオシオカラトンボ)

 公園の池や溜池で圧倒的に個体数が多いのはシオカラトンボであるが、しかし、やや日陰の部分や木立の中の細流ではオオシオカラトンボが普通である。オオシオカラトンボの雄は特に占有性が強くて「僕はこの場所が好きだ」と一旦決めるとそこに固執して、他の個体やトンボが近づいて来ると「僕の場所だ。近づくな」と盛んに追い払う。こんな性格だからオオシオカラトンボは、簡単に保虫網で捕えることが出来る。オオシオカラトンボの雄は、シオカラトンボに比べると色の濃い水色で、腹部末端の青黒い部分はほんの僅かである。また、雌はシオカラトンボと同じように麦藁色をしているのだが、ただのムギワラトンボと言うには失礼なくらいに美しい。胸部や腹部の半分は真っ黒で、その間は真黄色と称しても良いのではないかと思われる程の鮮やかさである。複眼はシオカラトンボが水色なのに対して黒褐色で凛々しい。オオシオカラトンボが細流等で産卵しているのに良く出会うが、雌は飛びながら水面を腹部末端で打ち付けるという打水産卵方式をとるが、この時、雄は、健気と言うか自分の遺伝子を残すための狡猾さからか、産卵を繰り返す雌の上で見張りをして、天敵や同種の他の雄の接近を警戒しているのである。この雄の行動を「産卵警護」と呼んでいる。
<1998年8月2日、川崎市多摩区黒川>

鬚のおじさんです(チャイロオオイシアブ)

 じっくり写真を見て頂きたい。とってもユニークなキャラクターの持ち主であることが分るだろう。一番印象的なのは、黒々とした真ん丸の複眼の間からクリーム色の鬚が伸びていることだろう。このため「鬚のおじさん」と私は親しみを込めて呼んでいる。次に目に付くのは毛むくじゃらの足の脛である。こんな風袋の昆虫はいないから一度見たら忘れられない。このチャイロオオイシアブにそっくりなのがオオイシアブで、前者は山地や北国に、後者は平地や暖かい地方にと思っていたのだが、チャイロオオイシアブも多摩丘陵で発見している。しかし、首都圏平地では圧倒的にオオイシアブの方が多いようである。双翅目と言えば蚊や虻や蝿の仲間である。その中にムシヒキアブ科というものがあって、漢字で書くと「虫引き虻」となる訳で、この仲間は他の昆虫を捕えて体液を吸う昆虫である。チャイロオオイシアブやオオイシアブもムヒキアブ科で、夏になると石や切り株の上、樹木の幹に止って、獲物はいないかと見張りをしているのに出くわす。じっと観察していると獲物が近づくと物凄い速さで飛び立って、毛むくじゃらの足で捕えるのである。ちょっと様相は違うかもしれないが、池の杭に止っているカワセミのようである。なお、幼虫は朽ち木の中で生活するとある。
<1996年7月28日、長野県富士見町入笠山>

最も奇麗なカメムシです(アカスジキンカメムシ)

 私の持っている昆虫図鑑には、日本の美しいカメムシとしてオオキンカメムシ、ナナホシキンカメムシ、ニシキキンカメムシ、アカギキンカメムシ等のキンカメムシの仲間が紹介されているが、ほとんどが南西諸島や東海地方以南に生息するもので、首都圏平地の雑木林で見られる美しいカメムシの筆頭は、なんと言ってもこのアカスジキンカメムシである。何しろ小石川植物園でも、アジサイが満開になる頃、その葉に鎮座しているのを複数発見出来る。明るい緑色の金属光沢の地に赤い筋が入っている独特の配色から、見間違うことは無いと思う。。昆虫の体の各部分を指す用語があるが、小楯板と言って、前胸と左右の前羽に挟まれた部分(中央部)に小さな三角形の形をした部分がある。カブトムシ等の甲虫類を見て頂ければすぐに解る。その小楯板が、アカスジキンカメムシは異常に大きくて腹部全体を覆っていて、しかも、丸く盛り上がっているのである。その形が「瓶」のように見えるので、赤筋金瓶虫と言うのだという説があるが、やはり亀の甲羅のように見えるので赤筋金亀虫の方が正解だと思う。新開孝さんの本によれば、より美しいニイキキンカメムシは自生するツゲを食べるとあるから、東海地方以南にお住みの方は、ぜひ探して欲しいものである。
<1996年6月19日、神奈川県秦野市弘法山>

サシガメの王様です(ヨコヅナサシガメ)

サシガメの仲間は、みんな近寄りがたい雰囲気を持っている。それもそのはずで、全ての種類が昆虫やその他の動物を襲って、短く湾曲した頑丈な口吻を差し込んで体液を吸うのである。熱帯地方に分布するオオサシガメの仲間は、何と鳥類、哺乳類、人から吸血するのだという。また、その際、熱病の病原体を伝染させるので恐れられている。幸いなことに日本にはそのようなサシガメは生息していないが、指などで捕まえると刺すオオトビサシガメ等がいるので、このような体系のカメムシに出会ったら、君主危うきに近寄らずで、遠くから観察しよう。サシガメの仲間は半翅目の中の大グループで熱帯地方に多いが、世界で約3000種、日本では約50種が生息している。その中でも最も大型で、首都圏平地の雑木林でも普通に見られるのがこのヨコヅナサシガメである。どうして「ヨコヅナ」というのか解らないが、もちろん相撲の横綱から来ていて、日本で一番大きいからか、腹部外縁の白地に黒の文様が綱に似ているからかもしれない。成虫は初夏に出現するが、脱皮間近の成虫はピンク色をしていてなかなか美しい。秋になるとサクラやエノキ等に産卵し、孵った幼虫は幹の窪みや割れ目に集団で越冬し、その光景は脂ぎっていて不気味でさえある。
<1998年6月1日、神奈川県秦野市弘法山>

のっぺり顔のカメムシです(ウズラカメムシ)

 カメムシは半翅目に属しているが、甲虫目、鱗翅目、膜翅目、双翅目に次ぐ大きなグループである。半翅目の仲間は大きく二つのグループに分けられ、セミ、ウンカ、ヨコバ等の前翅(上羽)が均一な膜質で出来ている同翅亜目と、カメムシのように前翅(上羽)の基部の半分が革質で残りの半分が膜質で出来ている異翅亜目に分かれる。カメムシは甲虫のような固い前翅(上羽)を持ちたいと願って進化したが、その願いの半分だけを達成した昆虫なのである。カメムシは日本に約700種類以上いると言われ、美麗なものが多く、また農業や林業の害虫であることもあって、全国農村教育協会から「日本原色カメムシ図鑑」が発売されている。その多種類のカメムシの中でも、のっぺり顔のウズラカメムシは異色の存在である。誰でも鳥のウズラを知っていることだろう。野鳥の図鑑を出して来て写真のウズラカメムシと比べてみれば、その配色の様が似ているのに納得が行くことだろう。ウズラカメムシはクズの葉上で休んでいるのをよく観察するが、カニツリグサ、スズメノチャヒキ、カモジグサ、ケカモジグサ、ススキ、エノコログサ、チガヤ等のイネ科の植物で生活し、それらの植物の根際で成虫で越冬するとある。また、イネの穂を吸汁し、斑点米を生じさせるという。
<1996年9月28日、横浜市旭区上白根町>

エビズルが大好きです(アカガネサルハムシ)

 新緑の4月下旬から5月にかけて、われわれ人間だって各種の柔らかい若葉を見ると、美味そうに感じるのだから、葉っぱに目が無い昆虫たちがたくさん現れるのも肯ける。甲虫の仲間で葉を食べるから「葉虫」と呼ばれている一群がある。そのハムシの中で最も美しいと思われるのが、このアカガネサルハムシである。胸(前胸背板)や腹部は金緑色に輝き、羽は赤銅色に輝いているのだから、誰もが美しいと感ずるはずである。アカガネとは「銅がね」の意味で、サルについては各種の図鑑や専門書を調べても出てないのだが、恐らく前足が長くて、ずんぐりむっくりの体つきが何となく「お猿さん」に似ているからだと思われる。低山地の開けた渓流沿いの林道に行けば必ず会えるが、意外と身近なフィールドにも生息していて、5月に入ってノブドウやエビズルの葉に注意していれば発見できる。発生は年一回で、5月に個体数が多いから、この時期を外すとなかなかお目にかかれない。幼虫は土の中で根を食べ、成虫で土の中で越冬する。また、果樹園のブドウの害虫としても著名で、成虫は新梢の皮、芽、葉を食害して、8月頃まで生存するらしい。ブドウ園における被害はわからぬものの、農業害虫の本には、幼虫による食根性の害虫として必ず紹介されている。
<2002年5月19日、神奈川県津久井郡>

紋白蝶ではありません(スジグロシロチョウ)

 写真を見て「あ、モンシロチョウ」なんて、ここで読んで覚えて頂ければ、これからきっと言う事は無いと思う。写真のタンポポはカントウタンポポなのだけど「あ、タンポポ」と言ったて、総称としてのタンポポという意味では間違えでは無い。しかし、「あ、モンシロチョウ」と言うのは、モンシロチョウとは全く別種のスジグロシロチョウなのだから失礼である。もっとも、モンシロチョウもスジグロシロチョウもシロチョウ科モンシロチョウ属の仲間だから、そう言っても間違いではないのかもしれない。しかし、自然の中の道端を散策することが大好きな方なら、ここでしっかりと覚えて欲しい。モンシロチョウは外国からの移入種であるのだが、スジグロシロチョウは日本にもともと生息していたもので、モンシロチョウが入って来る前までは、白い蝶といえばこのスジグロシロチョウであった訳である。現在、モンシロチョウとスジグロシロチョウは棲み分けをしているようで、前者は日当たりの良い耕作地や草原、後者はやや日陰で湿気の多い林縁等を好むようである。また、モンシロチョウはキャベツやダイコン等の栽培種のアブラナ科植物を好むのに対して、スジグロシロチョウは野生のアブラナ科植物を好んでいる。以上のような事を頭に入れて、スジグロシロチョウに会いに行って欲しい。
<1991年4月14日、静岡県芝川町>

縫いぐるみが飛んでます(ビロードツリアブ)

 里の桜が咲き始め雑木林のコブシの花が咲き出すと、年に1回その頃に現れて活動するのがビロードツリアブである。いわばアブの仲間のスプリング・エフェメラルということになる。そんな訳で彼らのお食事のメニューは、雑木林の縁に咲くタチツボスミレやキジムシロや付近の草原のオオイヌノフグリや畑の菜の花等が中心で、花の食卓には着かないで、お行儀悪く空中停止(ホバリング)しながら吸蜜する。いわば立ち食いをしているような訳である。写真を見て頂ければ解るように、その名のいわれたる茶褐色のビロードのような毛が体一面を覆い、羽の上半分が黒色となり、口吻が長く突き出ているという特異な格好は、一度見たら忘れられない存在である。私はビロードツリアブを見ると、ふさふさとした毛を持つ可愛いキャラクターの縫いぐるみのように見え、やって来た春を実感させる昆虫の一つとなっている。こんなに可愛らしいキャラクターにもかかわらず、幼虫はヒメハナバチ科の幼虫に寄生して成長するとある。最も、ビロードツリアブが属するツリアブ科の仲間は、ハチの幼虫、ガの幼虫、バッタの卵、甲虫の幼虫や蛹、大型のアブの幼虫や蛹等、様々な昆虫の卵、幼虫、蛹に寄生するとあり、日本では約10種類、世界では約3000種類の仲間が知られいる。
<2002年3月16日、東京都町田市図師町>

農道でお待ちしてます(コガタルリハムシ)

 このホームページのタイトルは「道端自然観察館」と言うのだが、3月下旬から4月にかけて田畑の農道で最も目立つ草といったらギシギシだろう。宿根草のためか、毎年同じ場所に見られる。そんな訳かとてつもなく大きくなった株もあって、他の草が生長し始めたばかりの農道では、一際目立つ存在である。そんなギシギシを見つけたらしめたもので、コガタルリハムシがたくさん見られるだろう。単独でいるもの、交尾しているもの、交尾しているものにちょっかいを出して3、4匹おしくら饅頭をしているものなど様々である。よくよく観察するとやや暗っぽいが、瑠璃色の金属光沢を持ったハムシ科の昆虫である。春の陽を浴びながらこんな小さな命と付き合ってみるのも面白い。コガタルリハムシはギシギシの他に、スイバ、ノダイオウ、ハルタデ、ウシハコベ等も食べるとあるが、圧倒的にギシギシが大好きである。普通、ハムシの仲間の名前は、食べる草や木の名が付いている。例えばイタドリを食べるイタドリハムシ、サンゴジュを食べるサンゴジュハムシと言った具合である。こういう命名法からすればギシギシハムシがぴったりなのだが、体色から名前が付けられたようだ。なお、春半ばになると気持ち悪い黒ぽい幼虫ばかりとなるので、観察には春早くが一番である。
<1997年3月26日、神奈川県大磯町>



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