(1)春一番に現れ出ます
《モンシロチョウ・スジグロシロチョウ・ツマキチョウ》
昔の人々は自然が身近にあり農業が主要な産業であったために、暦と自然現象との関連を熟知していたようである。言うまでもないことだが私を含めた現代人の自然好きより格段に観察眼は鋭く、多くの事を知っていたに違いない。例えば二十四節気の一つである『啓蟄』は、現行の太陽暦では3月6日頃なのだが、穴に潜り込んでいた動物が春を関知して動き始めるということで、蝶なら蛹から成虫が羽化して来ることになる。首都圏平地では、ちょうど啓蟄の頃と一致する。今までの観察記録から一年の最初に見た蝶は、モンキチョウやベニシジミであった年もあるが、圧倒的にモンシロチョウである場合が多い。モンシロチョウは生物暦の指標ともなっていて、初めて観察される日を『モンシロチョウの初見日』と呼んで全国的に統計が取られている。モンシロチョウの初見日は、九州や四国の南部では2月の中頃だが、なんと北海道では5月にならなければ見られないという。本当に日本列島は南北に長いのである。
モンシロチョウと言えば童謡にも歌われ切手にもなっているので、日本の在来種であると思っている方も多いと思うが、実は中国大陸から渡って来た帰化種なのである。モンシロチョウという名も明治に入って命名され、その前は『粉蝶』とか『素蝶』とか呼ばれていたそうである。絵画にモンシロチョウが登場するのは円山応挙のものが一番古く、江戸時代まで遡ると言われている。そもそもモンシロチョウは、ヨーロッパが原産地ではないかと考えられていて、モンシロチョウの大好きなキャベツ等の野菜とともに分布を広げて行ったのでないかと考えられている。以上のようなことを考慮に入れると、日本にモンシロチョウがやって来たのはいわゆる南蛮人の渡来の頃で、その数が飛躍的に増したのは、キャベツが作られようになった明治に入ってのことだろう。
モンシロチョウは人間の生活域に多く、白い蝶といえば誰もがモンシロチョウと思ってしまい、寂しい思いをしている白い蝶がいる。スジグロシロチョウである。スジグロシロチョウは、野生のアブラナ科の植物であるイヌガラシやタネツケバナが幼虫の食草で、アブラナ科の栽培種も食するが、キャベツはほとんど食べないと言う。モンシロチョウが日本に渡来する前は、白い蝶はスジグロシロチョウであったわけで、今でも首都圏の雑木林周辺なら何処でも見られ個体数も多いから、注意して観察していればすぐに見分けがつくと思う。
この他、4月中旬頃に、もう一種やや小振りの白い蝶が首都圏平地に登場する。前翅は先端がすぼまって尖り、雄にはオレンジ色の斑紋があるツマキチョウである。年に一回、春にだけ発生し弱々しく飛んでいる。開発によって個体数は減少しているものの、見逃すことができない可憐な里の白い蝶である。
<写真>モンシロチョウ、スジグロシロチョウ、ハルジオンの葉に休むモンキチョウ、カントウタンポポに吸蜜するツマキチョウの雌、カキドオシに吸蜜するツマキチョウの雄、ホトケノザで休むベニシジミ。