(58)冬こそ活動の季節
《クロスジフユエダシャク・キノカワガ・チャエダシャク》



 11月下旬になると紅葉前線も首都圏平地の雑木林や公園まで降りて来る。モミジやカエデといった赤く紅葉する樹木は少ないものの、エノキは黄色に、コナラやクヌギも黄褐色に黄葉する。12月に入ると気温はだいぶ下がり、毎日のように霜が降りて薄氷が張るようになると、雑木林の紅葉は終わって、木枯らしが吹くたびに落ち葉の布団は厚くなる。管理の行き届いた雑木林では、アズマネザサなどの下草も少なく、葉が少なくなった林内に冬の日が差し込んで、葉があった頃とは違って急に明るくなる。その時を待っていたかのように、クロスジフユエダシャクが発生を開始する。遠くから雑木林の中を覗いていると数え切れない程多くの柔らかいクリーム色の布切れが、地表すれすれをユラユラと浮かんで飛んでいる。日ごろ見慣れぬ幻想的な世界である。冬に発生する蛾がいることを知らない方には、自分の目を疑う光景であるに違いない。
冬が来ると活動するシャクガの仲間だからフユシャクと呼ばれ、日本には約20種のフユシャクが知られている。昆虫は地球上で最も繁栄している動物だと何べんも書いたが、寒さには弱い変温動物だから冬は活動停止のはずである。そんな常識から外れて、冬こそ我が活動の季節とばかりに現れ出るのだから、昆虫の世界はやはり一筋縄ではない。全昆虫の10分の1を占める鱗翅目(蝶や蛾の仲間)ならではの奥深さである。シャクガの仲間は、蛾の仲間の中でも特に大きなグループで、幼虫は腹の足がいくつか退化していて、人間が親指と人差し指で長さを計るような歩き方をするのでシャクトリムシと呼ばれている。誰もが一度は、そんなユーモラスな歩き方に微笑みを持ったことだろう。
 フユシャクの仲間でひらひら飛んでいるのはすべて雄で、雌は羽が退化していて飛ぶことはできない。羽が無いということは、それだけ表面積が減って外気に体温を奪われなくなり寒さに耐ええる適応であるらしい。また、フユシャクは雄も雌も口が退化していて、いっさい食事は取らずに交尾し、産卵するためだけに羽化して来る。なぜ冬の寒い時期に現れるのだろう。その答えは容易く見つからない進化の謎であるが、小鳥こそ活動はしているものの、蜘蛛やカマキリやハチなどの天敵は姿を消していて、生存上有利なためだと思われる。昆虫界きっての変わり者のフユシャクを見に、暖かい日を選んで雑木林に出かけてみよう。信じられない光景にきっと出会えるはずである。
 フユシャク以外にも冬に見られる蛾がいるが、その中でも木の幹に止まっている仲間が面白い。特にキノカワガは、その名の通り木の皮そっくりで、樹皮に溶け込んで注意しないと見過ごしてしまう。カムフラージュして生存競争を生き抜く、みごとな戦略の見本の一つである。


<写真>クロスジフユエダシャク、キノカワガ、スジモンフユエダシャク、フユシャクの仲間の雌、エダシャクの仲間、チャエダシャク。



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