昆虫は変な物を作る天才だが、特に蛾の仲間の才能は光っている。口から吐き出す糸が変な物を作る決め手となるのだろう。ここで紹介するウスタビガやヤママユ、クスサンの繭はもとより、一つとして同じ模様が無いイラガの堅い繭、植物の種が入っている鞘としか思えないマダラマルハヒロズコガの幼虫の巣など傑作揃いである。ウスタビガやヤママユ、クスサンの繭は、冬にはすでに成虫が巣立った空繭なのだが、葉がすっかり落ちるまで見出すのは非常に難しい。葉が観察の邪魔であるばかりか、ヤママユやウスタビガの繭は、葉に色や形が似ているからである。だから、葉がすっかり落ちて、冬の凍てつく青空にクヌギやコナラの梢が銀色に光るようになったら観察の開始である。
 ヤママユの仲間は日本には11種類生息し、いづれも大型のヤママユガ科に属する蛾である。世界最大の蛾、ヨナクニサンもヤママユガ科で、日本には八重山諸島の与那国島に生息している。ヘルマン・ヘッセの小説の中に登場する、とても美しいので盗んでしまうが、自責の念に捕らわれて壊してしまった標本を返しに行くクジャクヤママユも、ヤママユガ科の蛾である。ヤママユガ科の蛾は、蛾ではあるが色彩や文様が妖艶な美しさを持ち、大型であることもあって、数多い昆虫の中でも際立った存在である。全国各地の雑木林で普通に見られるヤママユガ科の仲間は、ヤママユ、ウスタビガ、、シンジュサン、オオミズアオ、クスサンが代表的で、かつては首都圏平地の雑木林でもたくさん見られたが、今では自然度の高い緑地以外では見られなくなってしまった。
 特にヤママユは、カイコの『家蚕』にたいして『天蚕』とも呼ばれ、丈夫で美しい絹糸がとれる。近年、天蚕の良さが見直されて、飼育が全国各地で復活したという。以前、フィールドで自然が大好きな女性に出会った時に、ヤママユの話に発展した。彼女はヤママユを飼育して、自分で紡いだ糸で機織りがしたいと言っていた。カイコの繭の糸の長さは約1500mもあるがヤママユの繭の糸の長さは約700 mということで、1000匹のヤママユを育てて細い帯が一つ出来る位であるという。とても大変な作業である。織物の良さは分からないものの、ヤママユの絹糸は女性を魅了してやまない美しさがあるのだろう。
 だいぶ話が観察から離れた方向に行ってしまったが、ヤママユの空繭は主にクリやコナラ、クヌギの小枝で、ツリカマスとも呼ばれる独特の格好をしたウスタビガの空繭は、クリやコナラ、クヌギ以外にケヤキやサクラなどの広葉樹の小枝でも発見できる。発見したらヤママユなら小枝を、ウスタビガなら空繭や小枝を注意してみよう。昆虫としては比較的大きな卵が付いているかもしれない。また、最近少なくなったが運がよければ、スカシダワラと呼ばれるクスサンの空繭やオビカレハの帯状の卵、クヌギの幹ではヤマダカレハの卵塊も発見できるかもしれない。

<写真>ウスタビガの空繭、ヤママユの空繭、イラガの繭、クスサンの繭、ヤマダカレハの卵、オビカレハの卵


(64)北風に揺れる変な物
《ヤママユ・ウスタビガ・クスサン・イラガ》



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