(11)冴え返りつつ春なかば


 先週は16度前後の暖かい日が続いて、なんと4月中旬の暖かさになった日もあった。しかし、昨日は一日中小雨で、今日は晴れたが北風が非常に強い。いわゆる俳句の季題でいうところの“冴返る”という天候になった。西山泊雲の俳句に『冴え返り冴え返りつつ春なかば』とあるが、今の時期を実に見事に言い表している句であると思う。一足飛びにやって来て欲しい春なのに、一歩後退二歩前進と気をもませながらやって来るのである。
 とは言っても暖かい日が続いたので、一挙に各種の草木の芽はゆるみ、一時前の凍て付くという表現がぴったりの寒々とした厳冬の風情は、フィールドから完全に消え去った。実梅で著名な豊後梅はまだ開かないものの、梅林の各種の梅は紅白ともども満開である。『梅一輪一輪ほどの暖かさ』と歌った句があるが、一月に早咲きの梅が一輪咲いても、ほんのりとした暖かさが感じられたのだから、満開ともなれば、だいぶ暖かさが増したと言っても過言ではなかろう。冴え返っても冬はすでに遠くになりにけり、明るくうきうきしたフィールドがもう間近にやって来ている。
 北風が強く吹いてはいるが、雑木林に開けた畑の南斜面は春爛漫で、オオイヌノフグリ、ホトケノザ、ヒメオドリコソウ、ナズナ、ハコベ、トウダイグサといった春を告げる野草が賑やかに咲いている。時折、これらの野草の間に、オレンジ色の地に7つの黒い紋が印象的なナナホシテントウが寝ぼけ眼で顔を出す。ナナホシテントウは、テントウムシ(ナミテントウ)に比べると眠りが浅いのである。また、春一番の野草の花を撮影しょうとアップで狙っていると、アブラムシの仲間が、いつもの超スローモーな足取りで顔を出したり、ヒラタアブの仲間が蜜を求めてやって来て撮影の邪魔をする。啓蟄を前にして気の早い昆虫たちは、すでに活動を開始しだしたのである。
 高浜虚子の俳句に『犬ふぐり星のまたたく如くなり』とオオイヌノフグリを歌った有名な俳句があるが、たしかに野原一面に咲く藍色のオオイヌノフグリの可憐な姿を言いえているかもしれないが、南斜面の日だまりは、星空夜空などよりもっともっと賑やかで暖かくて明るい。しかも、オオイヌノフグリは晴天にしか花を開かないのだがら、私なら『青空に負けじと競う犬ふぐり』と下手な俳句を作ってみた。現在は日本在来種のように何処でも見られ、俳句の季題もなっているオオイネノフグリが外来種であることは有名だが、他の早春の野草たちの出自も調べてみた。ホトケノザやハコベは日本在来種であるが、ヒメオドリコソウはオオイヌノフグリと同じくヨーロッパ原産で明治の中頃に、トウダイグサはヨーロッパ原産で古い時代に日本に入り込んだとある。
 江戸時代にはナズナ売りがいたと言われる春の七草でもあるナズナは、信じられないが、なんと遠い昔に日本に入り込んだ史前帰化植物であるという。平井照敏の俳句に『なずな咲く道は土橋を渡りけり』という句があるが、外来種であれ在来種であれ、早春の野草たちは、砂利などが撒かれていない足裏に優しい細い土の農道の側らに咲いている姿が美しい。小さな橋から緩やかに流れる小川を覗き込むと、フナやドジョウ、メダカやザリガニなどが活動を開始しているかもしれない。しかし、そんな懐かしいフィールドは、首都圏にはもうほとんど無いに等しくなった。自然が歌い文句の大規模な公園だって、靴が汚れるからと舗装される時代なのだから。












<写真>藁塚立つ多摩丘陵の谷戸、春の出番を待つ耕運機、オオイヌノフグリ、ホトケノザ、ナズナ、コハコベ、水温む谷戸田、トウダイグサの群落、日向ぼっこするナナホシテントウ。
 

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