(13)蛙ゲロゲロ、合戦だ
先週、近づく春の訪れを喜んでいたら、今週は本格的な冴え返りの週末となった。自然の神様は、そう簡単には春にはしてくれないようである。朝早くフィールドへ向かう途中、雪を被った富士や丹沢の鋭い峰々が、乾燥した紺色に近い青空の中にはっきりと見えた。定期的に通っている谷戸に到着すると、浅く水の張った水田は氷り、雑木林の梢は銀色に光って、季節は完全に厳冬に後戻りをしたかのようである。それでも気温はぐんぐん上昇し、風がさえぎられる雑木林の南斜面に沿った畑ではモンシロチョウやモンキチョウが飛び、小さな溜め池ではヒキガエルがたくさん現れて、ゲロゲロゲロゲロと賑やかなカエル合戦を繰り広げている。雑木林の小道にはニホンタンポポやタチツボスミレの花が咲き、放棄された谷戸の田圃には、セリを摘む家族連れが弁当持参でやって来ている。冴え返っても啓蟄を過ぎたフィールドには、やはり春が一杯となっているのである。
ところでヒキガエルの生態を知っているだろうか。近くに池があって庭木が多い庭を持っていたら、一度や二度、ヒキガエルに庭でお目にかかったことがあるに違いない。ヒキガエルは狭い範囲の決まったマイホームを持っていて、○○さんの庭にはヒキガエルの○○君が住んでいるのだそうである。私には可愛いとは思えないが、自分の家の庭のヒキガエルに出会うと挨拶して、頭を撫ぜてやるのを楽しみにしている女性がいるくらいだから、本に書いてあるヒキガエルの生態は本当のようである。ヒキガエルは地中の最低温度が6度以上になると冬眠から目覚めて、近くに池があっても自分の生まれた池まで歩いて行くのだそうである。毎年、池の近くの路上で車に轢かれてぺちゃんこになったヒキガエルに出くわすが、池へ結婚相手を見つけに出張する途中か、マイホームへの帰宅途中に事故にあったのだと思われる。どうもヒキガエルは大きくて深い立派な池よりも、小さな浅い水溜りのような池の方が好きなようで、信じられないほど多くのヒキガエルが押し合いへし合いゲロゲロ鳴いている様は、この時期ならではの一種異様な光景である。
正午近くになると気温はますます上がって、雑木林の小道を登りきった日当たりの良い開けた場所に、ヒオドシチョウがテリトリーを張りながら日向ぼっこをしている。ヒオドシチョウは首都圏平地では希少種となりつつあるので、徹底的に撮影しようと思ってリュックを降ろしてゆっくり近づいた。最初はびっくりしたようだが、なんと言っても大型のタテハチョウだけあって、悠然と戻って来ると地面に止った。二度三度と近づいては逃げられることの繰り返しの末に、なんと20cmの距離まで近づいても撮影できるようになった。きっと変な人間を気にしていたら気持ちの良い日向ぼっこも出来ないし、異性がやって来るまでかまわずにゆっくり待とうと思ったのに違いない。ヒオドシチョウに比べるとルリタテハやアカタテハの方が、ずっと敏感で撮影をてこずらせる。ヒオドシチョウは栗の花が咲く6月初旬に発生し、2週間程見られた後に忽然と姿を消すという謎多き蝶である。そして春に目覚めて交尾し、エノキに産卵するのである。もしも忽然と姿を消してからずっと眠っていたとしたら、えんえん9ヵ月もの長い眠りに就いていたことになる。
思う存分ヒオドシチョウの写真が撮影できたので、他の越冬後の蝶を風が遮られる谷戸の奥の陽だまりで探してみたら、キチョウやウラギンシジミはまだ目覚めていないようだが、キタテハ、ルリタテハ、アカタテハ、テングチョウ、ムラサキシジミと勢ぞろいしていて、羽化したばかりのベニシジミと陽気な声で追いかけっこを開始していた。
<写真>春めいてきた町田市の谷戸、ヒキガエルが産卵にやって来る町田市の溜池、カントウタンポポに吸蜜するキタテハ、多摩丘陵のヒオドシチョウ、舞岡公園瓜久保のアカタテハ、日光浴するルリタテハ、溜池のヒキガエルの夫婦、小山田緑地のテングチョウ、セイヨウタンポポに吸蜜するキチョウ。