ものすごいスピードで変貌して来た生命の行進も、ようやく一段落がついたのだろうか。フィールドは黄緑色の葉で満ちている。このところの強風でいくらか痛んだものや、早くも昆虫たち食べられて穴が開いているものも見受けられる。立夏を前にして太陽の光はますます強さを増し、木の葉に当たった光が乱反射して眩しい程である。雑木林にはマメ科特有の複葉と垂れ下がった花が印象的で微風に涼しげに揺れるニセアカシアや、形の良い楕円形の葉ばかりでなく花も平べったく広がって咲くミズキが咲き、ちょっとした草原があれば、子供の頃からお馴染みのシロツメクサやアカツメクサも咲いている。しかし、何と言ってもこの時期、住宅街の空地から丘陵地の草地まで、真っ黄色に占拠するがごとくに咲き誇っているのはタンポポである。関東地方の平地のフィールドで見られるタンポポは、ニホンタンポポ、シロバナタンポポ、セイヨウタンポポ、アカミタンポポの4種類である。自然度の高い緑地には日本在来のニホンタンポポが多く、住宅街や河川の土手などには帰化種であるセイヨウタンポポが多い。その見分け方は各種の図鑑に必ず書いてあるので割愛しよう。
タンポポは早いものでは3月から咲き出していたのだから、すでに綿毛がタンポのように真ん丸に開いているものも多く、午後になると必ず吹く強風を待ち構えている。この強風を利用して種子を遠くまで飛ばして分布を拡大しようとする、タンポポならではの種族繁栄の戦略である。タンポポがこの風を利用しようとして綿毛の開く時期を調節しているのだろうか。それとも偶然そうなったのだろうか。いずれにしても見事というより他はない。ご存知の方も多いと思うが、タンポポは花が咲き終わると花茎はいったん倒れ、種が熟すと再び直立し、約2倍近くも花茎は伸びて風を待ち受けるのである。もし花茎が伸びなかったら、タンポポ自身の葉や他の雑草等に邪魔をされて、かなり多くの種子が遠くに飛んでいけないことになる。このような風を利用した分布拡大のための種子散布の植物の知恵は、数々の目を見張るものがある。その中でもニューギニアからフィリピンに分布するウリ科のマクロザロニアは、種子の両側に翼を持っていて、紙飛行機ように、あまり風の吹かない熱帯樹林の中を滑空するという。またモクゲンジやフウセンカズラ等は、果実が紙風船のように膨らんで風に浮き、カエデの仲間やクロマツ等の種子は片側に翼を持ち、ラワン材として有名なフタバガキの仲間は羽子板遊びの羽根のような格好をして、くるくる回転しながら風に乗って遠くまで飛んで行くという。飛行機あり気球ありヘリコプターありと言った具合である。進化と言えば動物を思い起こすが、植物も絶え間なく進化の道を歩んでいるのである。
そんな風を利用した植物の種子散布に思いを寄せたら、今度はタンポポの花のレストランにやって来る昆虫達の観察に精を出して欲しい。蝶では成虫で越冬したキタテハやキチョウ、羽化したばかりのモンシロチョウやスジグロシロチョウ、大型のキアゲハやアゲハ、朱色の可憐なベニシジミ等がやって来る。もちろんハナアブやヒラタアブ、ミツバチやハナバチ、各種のカメムシ等の仲間、甲虫ではモモブトカミキリモドキやノミハムシも常連である。この他、ヤブキリやヤマトフキバッタ、ヒメギス等の孵化したての可愛らしいバッタ幼虫が、ちょこんと花の上に乗って花粉を食べている姿は、この時期ならではの微笑ましい光景である。
<写真>小山田緑地、大きくなった梅の実、モンシロチョウ、ハルジオン、チャバネアオカメムシ、モモブトカミキリモドキ、ヤブキリの幼虫、ヤマトフキバッタの幼虫。
(19)何たってタンポポだ