立夏から2週間も経つとさすがに気温は高く、早くも30度を超えた所が各地に見られる。このまま夏に突入されたら大変だが、沖縄は既に梅雨に入っているから、この暑さもそう長くは続くまい。本格的な雨のシーズンを前にした5月15日は“総合治水の日”に当たり、かつて洪水による被害を度々被った鶴見川流域では、川に親しみ治水に対する考えを新たにするための催物が繰り広げられる。
私が生まれ育った頃の鶴見川流域は、今では信じられない程の広大な水田地帯で、丘陵には何処までも続く雑木林があって、湧水が長い年月の間に造った谷戸と呼ばれる谷が丘陵奥深くまで伸びていた。流域に降った雨は豊かな雑木林の落葉を通して土に染み込み、谷戸や平地の水田に溜り、一挙に鶴見川に流れ込むことは無かった。それでも何度となく氾濫して、大きな被害が繰り返されたのだから、一級河川に指定されているのも頷ける。
お百庄さんや大人の苦労を知らない子供の頃は無邪気なもので、床上浸水は困るものの床下浸水が起こると学校は休みとなって、旧庄屋さんの大きな池から細い水路に鯉が逃げ出すので、それを捕まえようと子供たちは大雨を待ち侘びていた程である。そんな鶴見川は堤防増強や河川改修、地下排水路や遊水池の整備などによって、また幸いなことに大雨が降らないこともあって、近年、洪水は起きてはいない。しかし、流域は開発につぐ開発によって、平地の水田も雑木林も谷戸の田んぼも、ほとんど宅地や畑に変わってしまった。このような自然破壊の上に、かつてあったような大雨が降ったら、鶴見川が想像を絶する氾濫を起こしても不思議はない。総合治水の日から始まる各種の催物は、目も当てられない惨事を未然に防ぐ意味で重要なものであるのは当然だが、僅かに残った貴重な自然を守る意味でも大切なものとなっている。
このような開発に伴って、私の自然観察のフィールドは自宅周辺からどんどん遠くになって、今では鶴見川の最上流に当たる町田市や川崎市麻生区まで足を運ぶこととなってしまった。この地域には今も昔の面影を残す谷戸田が僅かばかりだが残り、4月から5月初旬にかけてはセリ摘みなどでフィールドは家族連れで賑わうが、田植えを前にした今の時期だと、一面にレンゲソウやタガラシなどの野草が咲き競っていた田んぼは掘り起こされ均されて、薄く水が張られている。畦も奇麗に泥で塗り固められているから、これからはしばし田んぼへの立入りは厳禁となる。静かな谷戸田の上を滑空する春一番に発生するシオヤトンボはみな成熟して青白色となり、クリ林の下に生えるウマノスズクサはだいぶ成長して、ジャコウアゲハが盛んに産卵して、葉裏に赤い卵がたくさん生み着けられている。かつては何処にでもあった残された貴重な谷戸の自然が守られて、総合治水の成果が実りを迎えることになるのであろう。
谷戸田周辺では、春から始った生命の行進が早くも結実をもたらせたかのように、ヤマザクラ、ウグイスカグラ、モミジイチゴ、ニガイチゴ、ヘビイチゴ、クワ、コウゾ等の実が色づいて熟し、丘の上の畑では露地栽培のイチゴが、見ているだけで口の中にじわっと唾液が湧き出るほどに美味しそうである。畑のイチゴは失敬するわけにはいかないが、モミジイチゴやクワの実はとっても美味しいから、見つけたら家に帰って洗剤で洗ってからなどと野暮なことは言わないで、一粒二粒、口の中に放り込んでみよう。
<写真>初夏の小野路町万松寺谷戸、平塚市土屋の万民安寧の石碑、イチゴの実、ヘビイチゴの実、ウグイスカグラの実、モミジイチゴの実、ヤマクワの実、ヒメコウゾの実。
(22)早くも30度を超えました