(30)堂々たる日本一の蝶


 雑木林や公園では早くもニイニイゼミやヒグラシが現れ、谷戸の小道ではオニヤンマが恒例のパトロールを開始した。雑木林にあるススキの原では、ジャノメチョウやホソバセセリといった夏の蝶も現れた。しかし、何と言ってもこの時期の自然観察のトップは国蝶オオムラサキである。オオムラサキは今でこそ希少種となってしまったが、かつては武蔵野や多摩丘陵等の首都圏平地の雑木林の代表的な蝶であった。オオムラサキは羽の長さではナガサキアゲハなどのアゲハチョウにはかなわないが、身体はがっちりとして太く羽も厚みがあって、その存在感は堂々たる日本一の蝶である。ことに雌は雄より身体が大きく、胴体は女性の小指位の太さとなる。もっともオオムラサキの名前たるゆえんである羽の表の美しい青紫色は雌には無い。オオムラサキは7月に入ると羽化して8月の半ば近くまで見られるのだが、羽の傷みも無く美しい青紫を鑑賞するには7月中旬の今が好機となる。数回羽ばたいて滑空するオオムラサキの雄飛はいうまでもないことだが、テリトリーを張っていた雄がツバメを追い払うという信じられない光景を目撃している。
 オオムラサキの好物はクヌギの樹液である。もちろんカシやコナラの樹液や桃やプラムの熟果や落果、ちょっと汚らしいが動物の糞にも集まるのだが、と言ってもクヌギの樹液が一番である。オオムラサキはクヌギの樹液を見つけると、樹液が湧き出す箇所の近くに降り立って幹の表面を小走りに歩いて樹液を吸いに行く。もちろんそこには樹液が好物の昆虫、アオカナブン、カナブン、クロカナブン、ノコギリクワガタ、コクワガタはもちろんのこと、あの恐ろしいオオスズメバチやコガタスズメバチもたくさん集まっている。カナブン等だとストロー状の口吻を上手く伸ばして、お裾分けにあずかれるのだけれども、 スズメバチだと追い払われてしまう。オオムラサキはスズメバチがたらふく飲んで満足して立ち去るまでじっと我慢の子となって、横目で羨ましそうにスズメバチを眺めている。このように樹液を巡る昆虫たちの力の関係は決まっているようで、さすがのオオスズメバチもダンプのような重量感あるカブトムシにはかなわないようである。
 樹液が大好きな蝶はオオムラサキだけでは無い。時期はややずれてオオムラサキの羽が痛んだ頃に現れる。コムラサキ、スミナガシ、ゴマダラチョウ、ルリタテハ、キタテハ等のタテハチョウの仲間はいずれ劣らぬ美蝶である。コムラサキはその名の通り、オオムラサキと同様に青紫色に光る羽を持つ蝶で、オオムラサの幼虫がエノキの葉を幼食しているのに対し、コムラサキの幼虫はヤナギ類の葉を食している。この為、山地の渓流沿いの道を歩いていると、吸水している個体に数多く出会うことが出来る。とは言っても山地性の蝶というわけではなく、平地にあるヤナギ類にも発生している。かつては首都圏の雑木林周辺でも数多く生息していたが、現在ではほとんど見ることができない。河川はコンクリートで固められ、周辺の池や沼は埋め立てられ、谷戸の溜池も放棄されてヤナギ類が育つ水辺環境は何処を見渡しても激減しているからだ。現在、東京都にある水元公園でコムラサキが見られるというから、コムラサキを呼び戻すことは出来るだろう。
 青紫に光る蝶、オオムラサキ、コムラサキが身近に観察できる場が首都圏近場に復活されたら、多くの昆虫達もこぞって戻って来るだろう。































<写真>稲がだいぶ伸びた新治の谷戸田、梢でテリトリーを張るオオムラサキ、羽を閉じて吸汁するオオムラサキ、クヌギの幹に降り立ったオオムラサキ、コムラサキ、ゴマダラチョウ、スミナガシ、ルリタテハ、キタテハ、ジャノメチョウ、クロヒカゲモドキ、クロヒカゲ、ヒカゲチョウ、サトキマダラヒカゲ、キマダラモドキ、ホソバセセリ。

つれづれ里日記(31)へ



つれづれ里日記INDEXへ