(37)もう後戻りはありません
9月に入ってすがすがしい晴天の日が訪れた。炎熱地獄のフィールド巡りに終止符がやっと打たれたようで、ほっとした気分になる。まだ、雑木林にはミンミンゼミやアブラゼミ、ツクツクボウシは鳴いているものの、クヌギやコナラの樹液は枯れ果てようとしていて、このためか食べ物が無くなったスズメバチやヒカゲチョウの仲間は、小鳥がつついた後の熟したイチヂクや落果したカキの実に集まっている。農家の生け垣の一段高くなった所から垂れ下がるようにシュウカイドウが咲き、庭先にはピンクのハナトラノオが満開で、粟粒のような黄色の小花が集まって咲くオミナエシが彩りを添えている。
雑木林には早くも沢山のキノコの仲間が顔を出し、特に真っ赤なタマゴダケが印象的である。小道を登り切って谷戸田に降りてみると、稲穂がだいぶ重くなって垂れ下がっている。農家の人に聞くと、稲刈りは今月下旬から来月初めにかけてだと言う。田んぼ脇の畦道を歩くとコバネイナゴが一斉に飛び立ち、時には大型のショウリョウバッタも飛び立ってキチキチと音を発てる。小川沿いの照り固まった小道の上には、美しいハンミョウが獲物を探して歩き回っている。高原からアキアカネは戻って来てはいないが、ナツアカネ、ミヤマアカネ、ノシメトンボ等が多くなった。谷戸の溜め池では相変わらずクロスジギンヤンマ、コシアキトンボ、ショウジョウトンボ、シオカラトンボと賑やかで、残り少なくなった生を謳歌しているように思える。
今日は農作物の花の撮影にと思い、畑巡りにやって来た筈なのに、涼しい陽気に誘われるままに谷戸まで降りてしまったが、まだ、花が付いているかもしれないと登り返して丘の上のゴマ畑に急いで見た。花はもうほとんど咲き終わって、上部にいくらか残っている程度となっている。ゴマはやはり夏の作物なのである。ゴマの種が入っている種袋の形や付き方は、第32項で紹介したメマツヨイグサなどのマツヨイグサの仲間にそっくりだから、ゴマも同じ仲間かと思い図鑑を開いて見ると、ゴマはゴマ科で、マツヨイグサの仲間はアカバナ科とある。それなら花の造りが似ているのでジキタリスを図鑑で開いてみると、ゴマノハグサ科であるという。種は胡麻油として親しまれ花も美しいのにゴマという植物は仲間の少ない植物であることが分った。写真を見ていただければ分るように花はとっても美しいのだから、育種改良して花も実も楽しめる品種が出来たら楽しいだろう。
夏の食欲不振に大変お世話になったニガウリの花も咲き残っている。縄文土器の文様を思い起こさせるキュウリに似た格好の果実がたくさんぶら下がっているから、ニガウリの収穫期はそろそろお仕舞のようである。本場の沖縄ではゴーヤと呼ばれ、あの独特の苦味が胃液の分泌を高めて消化を促し、夏バテ防止、疲労回復、そして美容にも効果があるのだという。しかも、ビタミンCはキュウリのなんと10倍もあるというのだから、物凄い野菜である。かつて石垣島出身の知人が、週末になるとニガウリの売っている大型野菜マーケットに買いだめに通っていたのが懐かしい。
野菜の花と言えばこの時期に忘れられない存在としてニラの花が上げられる。必ず9月に入ると花開くのだから、その律儀さと言ったら後述するヒガンバナのようである。また、背丈はだいぶ伸びてしまったが、まだまだ収穫できる“これが野菜の花?”と誰もが驚くクリーム色のオクラの花や、秋ナスは種が少なく美味しいので、あるいは種が少ないので食べると子供が出来なくなるので、と相反する二つの説がある“秋なすび嫁に食わすな”の薄紫色のナスの花も美しい。
<写真>谷戸の草原、多摩丘陵の谷戸、ミニトマト、ソバ、ゴマ、ナス、ニガウリ、ニラ、オクラ、クリの毬、ナガイモのムカゴ、サンショの実。