(40)秋の主人公が登場だ


 朝起きるととても寒い。昨日の天気予報で、雨が降った後に非常に強い寒気が降りて来ると言っていたのが本当だった。車の冷房を暖房に変えてフィールドに着いてみると、草地にびっしりと露が下りて、ヤマトシジミやツバメシジミが寒そうに凍えていた。いつものように見晴らしの良い丘の上の畑にたどり着くと、雲一つ無い青空の向こうに雪の帽子を被った富士山が見える。例年よりだいぶ早い積雪のようである。
 谷戸田に降りると、先週、到来が遅れているのを心配していたアキアカネが、田んぼに差し込まれたアズマネザサの棒の先端に止まっている。富士山に雪が降ったのだから、山や高原も相当冷えたに違いない。アキアカネはいち早く気温が下がることを察知して、移動を開始していたのである。フィールドで良く出会う鳥の写真や観察をしている人に出くわした。しばらくたわいも無い話をしていると、上空に猛禽類の仲間が現れた。ノスリだという。先週は夏鳥のサシバが見られたというが、変わって冬鳥のノスリがやって来たのである。アキアカネといいノスリといい、我々が忘れ去った自然に対する敏感なレーダーを体内の何処かに隠し持っているのである。ノスリはどんどん輪を描くように上昇気流に乗って、秋空の彼方にみるみる小さくなった。
 フィールドで最も普通に見られるアキアカネは梅雨の頃に主に水田で羽化し、もともと寒い地方に住んでいた暑さの苦手なトンボだから、すぐに涼しい山地や高原に避暑に出かける。そして秋雨前線が南下して平地が涼しくなると、山から降りて来て、交尾して産卵すると言われている。しかし、機械化が進んだ水田は稲刈り前に水が抜かれ、田植えが始る前に水が入れられるのだから、アキアカネが産卵するわけもなく、だからと言って、一年中、水の残っている湿田もそう多くは見られないから、僅かに残る溜池などに産卵するのであろう。おまけに最近人気の米の品種は早場米ということで、耕作方法もアキアカネの生態とは相容れないものらしい。このため、アキアカネが減少していると新聞の記事に載っていた。
 こんなアキアカネばかりでなく各種のトンボにとって住みにくい農村環境となってしまったのだが、各種のトンボは目ざとく学校のプールを格好の産卵場所として選んで殺到した。しかし、学校のプールは羽化する前に水が抜かれ、ヤゴは排水溝に吸い寄せられ下水管の中で死滅する運命が待っている。仮に水を抜く前に羽化が間に合ったとしても、羽化するのに好適な足場となる草や枯れ枝などは無いのだから、成虫となって飛び立つ個体も僅かとなるであろう。このような学校のプールの可哀想なヤゴ達の救出作戦が、昆虫研究家の須田孫七氏によって提唱され、多くの学校によって行われ、学校によっては、羽化するのに好適な細い棒をたくさん立てる所もあるらしい。
  しかし、プールは殺菌されてとても奇麗な水であるはずなのに、どうしてヤゴが成長できるのだろうと疑問を持つ方も多いと思う。水を奇麗にする殺菌剤は直ぐに効果がなくなり、植物性プランクトンやそれを食べる動物性プランクトンが風に乗ってプールに漂着して増殖するから、ヤゴ達にはたくさんの餌が確保されると言うわけである。ちなみにヤゴの種類を調べてみると、公園の池で最も普通に見られるシオカラトンボを筆頭に、何とギンヤンマのヤゴまで見つかるのだと報告されている。
 田んぼや畑にはアキアカネに次いで、アキアカネより真っ赤に色づくナツアカネが普通に見られ、羽に褐色の帯がある美しいミヤマアカネ、山間地に比べると数は少ないものの必ず見られるノシメトンボ、分布に偏りがみられて生息しない地域も多いコノシメトンボが見られる。この他、小型のマユタテアカネとヒメアカネは、雑木林のやや日陰になった縁や小道に多く、雑木林から決して離れようとしないから、田んぼや畑ばっかりに目を向けていたら見ることができないアカトンボである。





















<写真>秋晴れの空のアキアカネ、暑さに尻を上げるコノシメトンボ、色付いたザクロの実、アキアカネ、ナツアカネ、ネキトンボ、ミヤマアカネ、ノシメトンボ、コノシメトンボ、マユタテアカネ、ヒメアカネ。

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