(42)露のかけらが煌めいて


 夏の頃に比べ夜が明けるのがだいぶ遅くなった。フィールドに着いてみると露がびっしりと降りている。緑の葉を付けたまま冬越しする各種の植物が早くも葉を広げ、朝の斜光による微妙な葉の陰影の中に露のかけらが煌めいてとても美しい。また、この時期、フィールドの各所で禾本科の植物がやたらと多く目にするが、ススキやアシ、オギと言った大型のものから、アキノエノコログサ、キンエノコログサ、メヒシバ、オヒシバ、チカラシバと数え上げたら限が無い。
 それらの植物の特に花穂に着いた水滴となった露が輝いて美しい。しかも、時にはモンシロチョウやヤマトシジミといった蝶が、凍えるかのようにじっと止まっているのだから素晴らしい。露は俳句歳時記では秋の季語であるというが頷ける。早起きは三文の得、こんな光景を見に行くのも秋ならではの醍醐味かとも思う。
 禾本科の草がたくさん生える空き地は、夕暮れ時も忘れられない。この時期、太陽は5時を回ると海に没するが、その前、ちょうど雑木林の梢に太陽が沈もうとしている頃、禾本科の植物はまた美しいドラマを作り出す。空き地の雑草であるチカラシバやオヒシバだって輝いて見えるのだが、殊にキンエノコロは、赤味を増した太陽からの斜光で、金色に燃え立つように輝くのだから素晴らしい。蝶の仲間も眠りのための安定した足場として、これらの禾本科植物の花穂にじっと止って美しいシルエットを作り出す。獰猛なカマキリだって、沈もうとする真っ赤な太陽がバックなら、秋の夕暮れ時を演出するのにふさわしい存在で、その美しさにはっとする。秋の早朝が作る美しさは透明な斜光であるが、夕暮れが作り出す美しさは赤味を増した斜光である。
 秋と言えば禾本科の植物以外にタデ科の植物も実に多い。料理屋さんで刺身のつまとして添えられるタデはヤナギタデだが、フィールドで一番目にするタデは、イヌタデ、オオイヌタデ、オオケタデ、ミゾソバ、ミズヒキ、ママコノシリヌグイ等である。先日、日曜菜園でイヌタデに似ているが茎が紅紫色のタデが栽培されていたので不思議に思って聞いてみると、藍染めとして有名なアイであると言う。アイは遣唐使によって中国から渡来し、葉からインジコを主成分とする藍染めの染料がとれるので、化学染料が出現するまで全国各地で栽培され、徳島県が全国の生産量の半分以上を占めていたという。現在、衣類を藍色に染める染料は工業的に合成されたインジコが主体で、アイから取る天然物はごく少ないとある。藍染といえば誰もが知っていて、女性にとって憧れの染物であったはずだが、アイの葉からの藍染は今では文化財的な存在となってしまったようである。しかし、近い将来、天然の染料が見直されて、アイによる藍染めの衣類が一般市民の手に戻る時が来るに違いない。
 タデ科いうと蕾を集めて“アカマンマ”と称して子供の頃遊んだ、後述するイヌタデ型の花穂を連想する中にあって、ミズヒキは花が長いむちのような穂にまばらについていて、縦横無尽に垂れ下がって独特である。その風情とその粋な名とが相まってか、意外とファンが多い花である。また、近づいて一つ一つの花を監察すると、とても愛らしい花であることも分るだろう。同じミズヒキと付くキンミズヒキは、その端正な花を見れば分るようにタデ科ではなくバラ科の植物であるが、ミズヒキと同様に、その実は衣類等に引っかかって運ばれる。ミズヒキは日陰で、キンミズヒキは日向で、この他、イノコズチやヌスビトハギが、お客さんの到来を今か今かと待っているのである。
 秋の花と言えば忘れられない存在としてワレモコウが上げられるが、この他、ハギを中心としたマメ科の植物も多く、写真を見て頂ければ分るように葉がナンテンの葉に似ているナンテンハギや、雑木林の縁に多く見られるその名もずばりのヤブマメ等、前述したクズという大物のマメ科植物が咲き終わった後も引き続き賑やかである。





















<写真>稲を乾す棚田、刈り入れ時の谷戸、チカラシバ、オヒシバ、オオケタデ、オオイヌタデ、ミゾソバ、ミズヒキ、ヤブマメ、ナンテンハギ、ワレモコウ、キンミズヒキ。

つれづれ里日記(43)へ



つれづれ里日記INDEXへ