谷戸田の稲刈りが半分以上終わって稲が干され、風情が一層深まったように感じられる。今年は稲が順調に育っていると感じていたが、弱い台風がやって来て、場所によってはごく僅かだが倒れている田んぼも見受けられる。私のような者にとっては、実りの秋を美しく写し取ることを損なう困り物となるが、丹精込めて育てた農家の方々にとっては、涙が出んばかりであるに違いない。倒れた稲からどのくらいの収穫があるのだろうか。そんなことを農家の方々に聞いては失礼と思っていたが、機会があったら恐る恐る聞いてみることにしょう。
 実りの秋と言われるように、野山にはたくさんの実が見られるが、何と言っても最もポピュラーなのはドングリである。“ドングリころころどんぶリこ、お池にはまってさあ大変”と童謡にも登場し、コマにしたりヤジロベエを作ったりと、ドングリで遊んだことの無い日本人は皆無に違いない。ところが一口にドングリと言っても、たくさんの種類がある。一般的には落葉常緑を問わずブナ科の樹木がつける実を総称しているのだが、クリは栗の実、スダジイは椎の実、ブナはぶなの実と、その格好が特殊であるからドングリから外すとすると、首都圏の雑木林で最もポピュラーなドングリは、コナラの実にということになる。その次が常緑で大木となるシラカシの実、そしてずんぐりとしたクヌギの実と続くはずである。この他にも少なくはなるがアカガシ、アラカシ、ウラジロガシ、ツクバネガシ、イチイガシといった常緑のカシ類が続き、最近、公園や街路樹に植栽されているマテバシイやウバメガシがあるのだから、優に10種類のドングリに出会うことが出来そうである。
 このように身近なドングリを列挙していたら、秋の一日をドングリウォッチングに裂いても面白そうである。こんなにたくさん種類と量のドングリがあって、しかも栄養たっぷりの実なのだから、さぞかし繁殖力が強いのだろうと誰もが想像するに違いない。しかも、都市周辺の雑木林では、ドングリが大好きなツキノワグマはもちろんのこと、ニホンザルやホンドリス、ムササビ、モモンガ、カケス等は見られないのだから、たくさんのドングリの芽が出てもいいようなものなのに、と思うのだがそれ程でもない。どんな動物が食べているのだろう。ノネズミの仲間やキジバト等の鳥なのだろうか。それともアズマネザサや近ごろ猛烈に勢力を広げているモウソウチクなどに負けて、ドングリは芽を出せぬままに落葉とともに腐ってしまうのだろうか。遠く縄文弥生時代はもちろんのこと、太平洋戦争の食料難の時には灰汁を抜いて食べたといわれるドングリだが、意外と分らぬことが多いようである。
 第39項でバッタやキリギリスを紹介したが、ここではコオロギに登場願おう。コオロギと言えば、ゴキブリと同色のエンマコオロギやミツカドコオロギ等を思い出して、ご婦人達には苦手な存在となっているが、コオロギなくして日本の秋の夜は語れない。フィールドで一番多く目にするのはエンマコオロギで、コロコロコロリーと鳴き、泣き声とは裏腹の閻魔大王に顔が似ているのでそう名づけられた。夏の終わりから樹上でリィーリィーと騒がしく鳴くアオマツムシや、寂しげにローローと草むらで鳴くカンタンは、同じコオロギの仲間とは言え緑色の異色の存在である。今でこそ木さえあれば何処にでも住んでいるアオマツムシは、都会の公園や街路樹でもお目にかかれるが、明治の終わり頃に中国南部から帰化した昆虫である。この他、マダラスズやクサヒバリ、ここでは紹介できなかったカネタタキなど小型のコオロギ達も、秋の夜の音楽会に参加する忘られぬメンバーである。

<写真>稲を乾す谷戸、切り通し、キンモクセイの落花、シイの実、クヌギの実、アカガシの実、シラカシの実、ツクバネガシの実。




<様々なコオロギたち>

アオマツムシの雄/アオマツムシの雌/カンタン/クサヒバリ










エンマコオロギ/ミツカドコオロギ/オカメコオロギ/マダラスズ












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