今日は川崎市麻生区にある“お不動様のだるま市”である。だるま市は高崎や川越が有名で、新年に入ってから一月一杯各所で行われるが、麻生区のだるま市は関東地方では最後に催されるもので、このため“関東納めのだるま市”とも呼ばれている。佐藤春夫の“田園の憂鬱”が書かれた横浜市の北部に隣接するこの地域は、今でこそ多くのモダンな住宅街が広がっているが、かつては多摩丘陵に開けた農村地帯であった。会場の中心は下麻生の不動院というお寺で、昔、村人がトクサを刈っていた時に木製の不動像を発見し、それを祀ったことより別名“トクサ不動”とも呼ばれている。だるま市が開かれるくらいだから、さぞかし大きなお寺と思われるかもしれないが、片田舎に良く見られる不動明王を祭る古い小さな社である。不動明王といえば火の神様だが、火の災いからのがれられるようにと、多くの善男善女に信仰されている。果たしてこんな寒い日にもめげずに大勢の人がやって来ているのだろうかと、フィールドへ向かう途中に覗いてみると、火難からのがれるばかりでなく、七転び八起きのだるまさんの御利益にあやかりたいと、たくさんの人が参詣に訪れていた。
 今日のフィールドでの観察の対象は、手も足もなくまるで“だるまさん”のような蝶の蛹である。日本産の蝶は約240種類にのぼるが、蝶にとってもこの寒い冬をどう乗り越えるかが種存続の大きな鍵となっている。ご承知のように、昆虫は変態という他の動物では見られない画期的な方法を獲得した動物である。その中でも蝶は、卵→幼虫→蛹→成虫と完全変態する最も進んだ昆虫の仲間の一つとして知られている。蝶の越冬態は様々で各種のゼフィルスと呼ばれるウラゴマダラシジミ、オオミドリシジミ、アカシジミ等は卵で、前述したようにゴマダラチョウやオオムラサキ等は幼虫で、モンシロチョウやアゲハチョウ等は蛹で、キタテハやアカタテハ、ウラギンシジミ等は成虫でといった具合である。
 蝶の蛹の見つけ方は、まず、食草の在りかを熟知しておく必要がある。例えばモンシロチョウならば、キャベツ畑や大根畑、アゲハチョウやクロアゲハ、モンキアゲハならばミカン、カラタチ、サンショウ、カラスザンショウなどの柑橘類のある所といった具合である。冬になったら隣接する物置小屋や塀などを調べて見れば簡単に見出すことが出来る。しかし、何といっても一度は観察して欲しい蝶の蛹は、ジャコウアゲハの蛹である。ジャコウアゲハは有毒成分を含むウマノスズクサやオオバウマノスズクサを食草としていて、その成分をうまく体内に取り入れて、小鳥などの天敵から身を守る術を持った蝶としても著名である。ウマノスズクサが繁茂していた所ならば、付近の樹木の幹や小枝、建物の壁面などで、必ず見つけ出すことができると思う。見つけ出したら、じっくりと注視して欲しい。橙色の口紅をつけた日本髪の女性の像が浮かんで来るに違いない。このため地方によっては、番町皿屋敷のお菊さんが縛られている姿に見えるので、別名“オキクムシ”とも呼ばれているという。
 このように蛹や卵や幼虫を探し出すのは、習性さえ知っていれば比較的簡単だが、越冬している成虫(蝶)を探し出すのは大変である。多分、草むらの奥深くや木の洞、崖の窪みや穴、納屋の中等に越冬しているのだろうが、そんな場所を丹念に探すなどということは無理である。唯一、ウラギンシジミは、ツバキやカシ等の常緑広葉樹の葉裏に、じっとしがみついているから見つけ出して欲しいものである。
 




















<写真>新治町の丘の上の畑、新治町の丘の上の物置小屋、アゲハの蛹、ヒメアカタテハの蛹、スジグロシロチョウの蛹、モンシロチョウの蛹、ジャコウアゲハの蛹、ウラゴマダラシジミの卵、オオミドリシジミの蛹、ウラギンシジミの越冬。
(5)フィールドの達磨たち




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