(51)フィールドの腕白坊主



 今年こそはじっくりと平地の雑木林の紅葉を味わおうと思っていたのに、燃ゆるような紅葉黄葉は先週で終わって落葉が始まった。いわゆる見頃はほんの僅かな期間、一週間から十日前後であったわけである。もっとも暦は12月に入り、今年も後一ヶ月となって季節は初冬に入ったのだから、人間様のためにいつまでも気長に葉をつけているわけにはいかないのだろう。テレビや新聞の天気予報で北海道や東北北部に雪のマークがついている日が多くなった。冬が日本列島を北から確実に覆い始めている。
 雑木林に隣接する立入り禁止の水道施設の周りに、新しい有刺鉄線(鉄条網)が張りめぐらされた。モズが“はやにえ”を刺すのに好都合の、鋭く尖った針金が無数に付いているのだから、さぞかしモズは喜んだに違いない。こんなに都合の良い有刺鉄線がモズの生息するフィールドに必ず有るわけではないので、はやにえはカラタチの刺や梅の小枝などに刺されている場合が多い。モズはその格好から鷲や鷹などの猛禽類ではないことは直ぐ分かるが、肉食性で、昆虫や小鳥、爬虫類や小動物を捕らえる肉食性のスズメ目の鳥である。以前、モズがキセキレイを襲って食べている信じられないような光景を目撃した。スズメをちょっと大きくしたような一見すると可愛らしいモズのこの乱暴な行為が信じられなかったが、図鑑をみると嘴の先は鷲や鷹のように鋭く曲がり、ただ者ではないことが分かった。足や指も頑丈に出来ていて物をしっかりとつかむことも出来るのだという。このため江戸時代にはモズタカと呼ばれて、タカの仲間に分類されていたらしい。また、属名のLaniusは屠殺者を意味するのだというのだから驚きだ。
 こんなフィールドの腕白坊主といえでも、餌が少なくなる冬を乗り切るために“高鳴き”をして縄張りを宣言し、“はやにえ”を作って非常食を確保する必要が生じるのだから、やって来る冬はフィールドに生きる者たちにとってとても厳しいのであろう。モズのはやにえは秋の半ば頃から見られるが、数多く見られるようになるのは好物のバッタやトカゲなどが姿を消す直前の晩秋の頃が一番多い。ちょうど雑木林の紅葉が始まり落葉するまでの期間である。もっともモズは繁殖後に姿を消して初秋に戻って来るという習性があるというから、はやにえ作りもそれからということになる。
 モズのはやにえを詳細に観察すると、少しぐらいの風雨で飛ばされたり落ちたりしないように、胸部の真ん中や胸部の堅い外骨格の奥深くまで刺を差し入れていることが分かる。このような慎重な刺し方からして、モズが遊び半分ではやにえを作っているのではないことが分かるだろう。少し前まで、モズが何故はやにえを作るのかということに関して、専門家といえども明確な答えを出せずにいたが、鳥専門の写真家によってはやにえを食べている証拠写真が撮影された。モズのはやにえの対象とされる生き物はネズミやヘビといったかなりの大物も知られているが、何と言ってもバッタ、キリギリス、コオロギ、カメムシ、各種の毛虫といった昆虫類が多く、場所にもよるのだろうがイナゴ、オンブバッタ、エンマコオロギなどが特に多い。また、刺されたらモズでもかなりの痛さのはずの各種のスズメバチや黒くて硬そうなオオヒラタシデムシの幼虫、各種の毛虫(蛾の幼虫?)なども見られるから、今後とも観察を続けて“モズのはやにえ図鑑”でも作ってみたい。
 また、モズは百舌鳥と書くように、江戸家猫八も真っ青になるくらい鳴き真似上手であるという。そのレパートリーは20種類を越え、ウグイスなどの小鳥の真似はもちろんのこと、赤ん坊やイヌや猫の鳴き真似をするというのだから、一度は聞いてみたいものである。有刺鉄線は怪我をしそうで困ったものだか、こんなに身近にいて色々と謎の多いモズが、いつでも見られる平地の雑木林はとっても大切な自然観察のフィールドである。











<写真>平塚市七国峠の夕暮れ、平塚市金目川の落日、モズのはやにえ(オオクモヘリカメムシ)、モズのはやにえ(ツユムシ)、モズのはやにえ(ヤマトフキバッタ)、モズのはやにえ(コバネイナゴ)、モズのはやにえ(オンブバッタ)、モズのはやにえ(毛虫)。

つれづれ里日記(52)へ



つれづれ里日記INDEXへ