5月に入ると赤紫のオオムラサキという大輪のツツジが咲き誇る。ちょうどその頃、各種のアゲハチョウの仲間が窮屈な蛹から羽化し、オオムラサキの甘い蜜に群がる。この中で、小刻みに羽ばたきのんびりと飛ぶ黄色がかった灰色のアゲハチョウに出くわすに違いない。ジャコウアゲハの雌である。また、夏休みに高原に出かけると、ふわりふわりと優雅に飛ぶアサギマダラに出会うことだろう。両種とも日本産の蝶の中では得意な存在で、余裕をもってのんびり飛んでいられるのは、それなりの訳があって、天敵である鳥に襲われないのである。ジャコウアゲハの幼虫はウマノスズクサの仲間を、アサギマダラの幼虫はキジョラン等のガガイモの仲間を食草としている。ともに有毒成分を含んだ植物で、ジャコウアゲハもアサギマダラも、鳥が吐き気を催すこの有毒成分を体内に取り込んで、のんびりと余裕を持った生活をしているのである。
 今から150 年程前、17年間にわたってアマゾン川の流域を歩き回って蝶の採集をしたイギリス人のヘンリー・ウオルター・ベイツは、森の開けた明るい場所で、のんびりと飛ぶドクチョウに良く似たシロチョウ科の蝶を採集した。飛んでいる時はドクチョウと見分けがつかないほどで、ドクチョウと同様に鳥の餌食にならない。そこで“ドクチョウは鳥が食べるとまずいに違いない。きっとドクチョウと瓜二つのシロチョウ科の蝶も、似ているがために食べられないのである”とベイツは考えたのである。このような擬態の例は、その後数多く発見されて、このような擬態を“ベイツ型擬態”と称して、ドクチョウのようにまねされる方を“モデル”まねする方を“ミミック”と呼んでいる。
 しかし、ベイツの考えはあくまでも仮説であって“モデルは本当に不味いのだろうか? モデルと瓜二つなら本当に食べられないのだろうか?”といった疑問が残る。アメリカのブラウワー博士らは、ベイツ型擬態として著名なマダラチョウ科のオオカバマダラを使って各種の実験を試みた。オオカバマダラの幼虫は、有毒植物であるガガイモやトウワタを食草にしている。トウワタで育てた何と1540匹のオオカバマダラを使って分析した結果、トウワタに含まれている毒が蝶となった成虫の体内に残っていることを実証した。次にカケスを使ってオカバマダラやドクチョウで実験した結果、モデルと瓜二つなら、鳥はモデルと間違えて、食べられる確立が低下することも実証したのである。
 亜熱帯や熱帯に行くと、マダラチョウ科に擬態した多くの蝶や蛾が知られているが、身近な雑木林でジャコウアゲハの雌に擬態したアゲハモドキ(第22項参照)という蛾や、低山地でジャコウアゲハの雄に擬態したオナガアゲハを見ることが出来る。見比べてみると、ベイツの仮説に“なる程”と頷き、自然の巧妙な仕組みに感心するに違いない。


<写真>ジャコウアゲハの雌、羽を閉じて吸蜜するアサギマダラ、羽を開いて吸蜜するアサギマダラ、ジャコウアゲハの雄、食草のウマノスズクサ、ジャコウアゲハの前蛹、ジャコウアゲハの蛹。


(11)余裕を持ってる訳がある
《ジャコウアゲハ・アサギマダラ》




つれづれ虫日記(12)へ


つれづれ虫日記INDEXへ