連休前後からの約1ヶ月間、雑木林の周りの各種の下草の葉や、殊に谷戸田の斜面や湿地に伸び始めた葦の先端近くの葉にじっと静止し、触覚をピコピコ動かして辺りを見回している、何となく胡散臭い雰囲気を漂わせる黄褐色の甲虫に気づくと思う。ジョウカイボンである。ジョウカイボンとは耳慣れない不思議な響きを持つ言葉であるが、漢字で書くと『浄海坊』で、これでは汚れ無き清らかな海の少年となってしまうのだから、きっと当て字に違いない。各種の図鑑や百科事典を調べてみてもジョウカイボンの名前の由来は分からない。英語では“soldier beetle”と呼ぶらしく、兵隊甲虫とでも訳したら良いのだろうか。荒々しくどう猛な風貌と小さな昆虫を補食する食肉性の甲虫なのだから、英名は的確にジョウカイボンの習性を言い表している。
ジョウカイボンを始めて見た方は、その形状から小型のカミキリムシに間違われるに違いない。しかし、良く見ると顔は水平にぺちゃんこで、各種の口器が前に突き出し、触覚は糸状でさほど長く無く、上翅は薄く柔らかいので、どうもおかしいなと思うはずである。カミキリムシは草植性で、顔は垂直に長い牛面で、上翅も非常に堅いからである。ライフサイクルから見てもジョウカイボンは土の中に潜ってまとめて卵を生み、幼虫も食肉性で、カミキリムシとは類縁性がだいぶ遠いことが分かる。首都圏平地の雑木林周辺で普通にみられるジョウカイボンの仲間は、中型のマルムネジョウカイ、ヒメジョウカイ、小型のセボシジョウカイ、小さくてほっそりとしたウスイロクビボソジョウカイなどだか、自然度の高い雑木林や山里に出かけると藍色が美しいアオジョウカイ、ジョウカイボンの黒色型とも言われるクロジョウカイが見られ、西南日本には大型で美しいキンイロジョウカイが生息している。
ジョウカイボンに少し遅れて発生して来る、これまたカミキリムシに良く似た甲虫がいる。その名もずばりカミキリモドキである。こちらは草植性の平和主義者と言いたい所だが、多くのカミキリモドキの仲間はツチハンミョウの仲間と同様にカンタリジンを体液に含んでいる。このため体液に触れると皮膚炎を起こし、赤く腫れたり水泡が出来たりするという厄介者なのである。首都圏では少なくなったとは言え、アオカミキリモドキを各所で良く見かける。かつて自然が豊富に残り網戸などの建具も普及していなかった頃には、燈火に集まる習性から家の中に入り込んで、とっても痛い目にあったものである。
痛い目と言えば、5月はチャドクガが発生する時期にも当たる。ツバキやサザンカの近くによらない方が懸命である。幼虫が集団を作って葉を食べているからである。こんな恐ろしい話ばかりしていると、自然観察なんてとんでもないと思うかもしれないが、気を付けていればまず有りえないことと思って欲しい。都会の方がよっぽど危険が一杯と思うのだが、どうであろう。
<写真>ジョウカイボン、キンイロジョウカイ、アオジョウカイ、マルムネジョウカイ、ヒメジョウカイ、アオカミキリモドキ。
(14)変な名前の怖い虫
《ジョウカイボン・アオカミキリモドキ》