何処へ行っても人、人、人のゴールテンウィークが終わるのを待って、静けさを取り戻した低い山へハイキングに出かける方も多いと思う。もし、奥多摩や奥秩父、東丹沢等へ出かけることがあったら注目して欲しい蝶がいる。ウスバシロチョウである。日本産の約240種の蝶の中でも特異な存在で、氷河時代の落とし子とも言われ、また、ドイツの小説家ヘルマン・ヘッセの小説に登場するアポロチョウの親戚でもある。ウスバシロチョウは、その名にシロチョウと付くがアゲハチョウ科の仲間で、日本には他に、北海道に広く見られるヒメウスバシロチョウと同じく北海道の大雪山等の高山に産するウスバキチョウが生息している。ウスバキチョウにはアポロチョウと同じような赤色の紋が付いているが残念ながら小型で、他の2種には赤色の紋は無い。とは言っても、目はくりくりしていて可愛らしく、羽は薄い油紙に白い粉を薄く振りかけたように美しく、じっくり観察するに値する美蝶である。また、ウスバシロチョウはギフチョウと近縁で、雄の身体には長い毛が生えていて、交尾が終わった雌には雄によってセロハンのような受胎?が付けられる。受胎?とは、二度と他の雄とは交尾が出来なくする貞操帯のようなものである。
高校生の頃、昆虫採集の仲間の間で、ウスバシロチョウのことを『ウスバカシロチョウ』とか『ウスノロシロチョウ』とか言って、親しみを込めて言ったものである。その理由は、ウスバシロチョウの飛んでる姿を一度見れば納得が行くはずである。のんびりとフワリフワリと弱々しく飛んで、吸蜜のために各種の花に訪れる時には、ドスンと無様な格好で着地する。ウスバシロチョウの好きな花はハルジオンやナノハナ、ネギボウズなどで、栗林等が絶好の観察場所となる。ウスバシロチョウの仲間は、ヨーロッパからアジア、カナダやアメリカに産する全北区の蝶であるが、いずれも採集するのが難しい高い山や高原に生息し、日本のような低い山の蝶ではない。このため蝶の蒐集家の間では、外国産のウスバシロチョウの仲間は高額で取引されるという。
ウスバシロチョウを見に行ったら蝶ではなく蛾であるが、ホソオビヒゲナガガに出会って欲しい。生息場所は渓流沿いの林道の草地が最も多い。目を凝らしていると、とても長い白くて細い触覚を揺らしながら飛ぶ小さな蛾に気づくはずである。長い触覚を持つが故に飛ぶ姿は何とも言えぬ笑いを誘う滑稽さがあって、一見の価値がある。この他、ウスバシロチョウの飛ぶ5月は、各種の昆虫や蝶ではアオバセセリ、サカハチチョウ(春型)、クモガタヒョウモンなども現れ、美しい野の花も各所に咲いているから、頂上を目ざすばかりでなく、たまには山麓を逍遥する自然観察ハイキングも計画して欲しいものである。
<写真>ネギボウスに吸蜜するウスバシロチョウ、ハルジオンに吸蜜するウスバシロチョウ、ホソオビヒゲナガガ、クモガタヒョウモン、サカハチチョウの春型、サカハチチョウの夏型、アオバセセリ。
(15)氷河時代の落とし子です
《ウスバシロチョウ・ホソオビヒゲナカガ》