(18)雑木林の葉っぱの精
《ウラゴマダラシジミ・アカシジミ・ミズイロオナガシジミ》



 イボタの白い花が咲いて栗の花が黄色い尾を伸ばし始めると、蝶に関心を持つ者は落ち着かなくなる。6月は首都圏の平地で最も多くの蝶が見られるからだけではない。雑木林に蝶の愛好家がゼフィルスと呼んで親しんでいるミドリシジミの仲間が飛び始めるからだ。ゼフィルスとはギリシャ神話に出てくるゼフィール(西風の神)に由来し、かつてはミドリシジミの仲間はゼフィルス属として一括されていた。ゼフィルスの仲間は世界で約120 種類知られ、ほとんどが東アジアからヒマラヤを中心とした温帯の森林地帯に分布し、例外はあるものの幼虫は広葉樹の葉を食べて成長し、成虫(蝶)は森林から離れる事なく生活を送る。我が国には25種類のゼフィルスが生息し、全てが年一回の発生だから、時期を逃したならば一年間のお預けを食らってしまう。この中で首都圏平地の雑木林で見られるゼフィルスは6種類で、種類は少ないながらもそれぞれが趣を異にしていて、ぜひ観察をとお勧めする魅力を備えている。
 まず最初に現れるのは、幼虫がイボタの葉を食するウラゴマダラシジミである。ゼフィルスたる象徴とも言える尾状突起は無く、一見するとルリシジミに似ているが、より大型でゼフィルスの仲間らしくその飛翔は鋭く力強い。開発が進んで他のゼフィルスが絶滅した雑木林でも、イボタの木がたくさんあれば生息している。このため、ウラゴマダラシジミに出会いたいと思ったら、まず生育状況の良いイボタの木を見つけることが先決となる。
 次に注目してもらいたいのはオレンジ色のアカシジミと、やや遅れて発生して来るやはりオレンジ色のウラナミアカシジミである。両種とも野外で羽を開いていることはほとんど無く、だから、同じオレンジ色で良く似ていても羽裏の著しく異った斑紋から見間違うことは無い。かつて首都圏各地の雑木林で、夕暮れ時に、たくさんのアカシジミやウラナミシジミが乱舞するオレンジ色の花吹雪が見られたという。今ではとても信じられない話だが、語り継がれて伝説となった。
 ウラナミアカシジミが発生する頃になるとクリの花が満開となり、ミズイロオナガシジミやオオミドリシジミ、少し遅れてミドリシジミもハンノキ林で発生する。特にオオミドリシジミとミドリシジミの雄は、羽の表がアマゾンに生息するモルフォチョウように、オオミドリシジミは明るい緑に、ミドリシジミは深い緑にキラキラ光るのだからたまらない。また、雄がテリトリーに侵入して来た他の雄を追い出す時に演じる、互いに入り乱れて飛ぶ卍飛行は、一見するに値する高等ゼフィルスならではの舞いである。
 また、信州等の山里へ行くとオニグルミを食べるオナガシジミや、クヌギ等に寄生するアブラムシを食べるムモンアカシジミにも出会えるだろう。もちろん高原や山地では、この他、様々なゼフィルスが生息していて、愛好家達の垂涎の的となっている。





















<写真>薬師池公園のアカシジミ、ウラゴマダラシジミ、新治市民の森のオオミドリシジミ、同羽を閉じた個体、ミドリシジミ、同羽を閉じた個体、ミズイロオナガシジミ、ウラナミアカシジミ、ムモンアカシジミ、オナガシジミ。



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