(36)人間様でもおっとっと
《オオスズメバチ・コガタスズメバチ・キイロスズメバチ》



 長閑な山村に出かけると、倉の屋根の軒下などに大きなスズメバチの巣を見かけることがある。大部分は最も攻撃性の強いと言われるキイロスズメバチの球形のもので、時にはオオスズメバチのものもあるという。刺されたら大変なことになるスズメバチの巣を、どうして取り除かないのだろうと不思議に思っていたら、人が出入りをして危険な場所以外の巣は“目出たい、縁起よい”と大切にしているのだという。自然と人間とが共生していた良き時代の象徴のような話である。里山を中心とした自然観察における注意事項の一番手に、蜂の巣に近づかないことが上げられる。蜂の巣に近かずかなければ、刺されることはまず無い。そうは言っても蜂の巣の写真を撮りたいと恐る恐る近づくこともあるが、もちろん望遠レンズで遠くから写すことになる。以前、山間のほとんど人が来ない児童公園の東屋で、キイロスズメバチの巣を発見した。一瞬ためらったが、遠くからストロボを焚いて貴重な写真を手に入れた。一週間たってから撮影に出かけてみると、巣は跡形もなく取り除かれていた。
 スズメバチというと、誰もが自然度の相当高いフィールドにしか生息していないのではないかと思っていることと思う。最も強大なオオスズメバチに関しては、そう言い切れるかもしれないが、コガタスズメバチやキイロスズメバチは、ちょっとした小面積の緑地にも生息している。冬の日のことである、新興住宅街にある緑地公園で、かつて腰かけに代用していたと思われる朽ち木を蹴飛ばしたら朽ち木が割れて、中から信じられないほど多数の越冬していたコガタスズメバチやキイロスズメバチが出て来た。いくら危険な昆虫とは言え、多くの命を寒風吹き荒ぶ青空の下にさらけ出してしまったのだから、可哀相なことをしでかしと後悔した。天敵であるオオスズメバチが、餌になるものや巣を造る場所が少ない自然度の低い緑地から姿を消してしまったのが幸いして、キイロスズメバチは飲み残した缶ジュースを吸ったりして、我が世の春を満喫しているのである。
 さて、身近な緑地でもスズメバチが生息していると書いてしまったので、自然観察など最も危険な趣味であると、早合点してしまった方もいるかもしれないが心配には及ばない。多くの昆虫研究家やナチュラリストが、蜂に刺されて大変な目にあったという話を聞いたことは無いし、むしろ一般の方より自然に親しんでいる分、アウトドアでの危険に対して熟知していて“君主危うきに近寄らず”を実践しているのである。家や車の中に入って来たスズメバチは刺さないから“外へ出ましょう”と窓を静かに開け、樹液にやって来たスズメバチには“思う存分食べなさい”と微笑んであげれば良いわけである。愛情を素直に受け取らない人間様の方が、よっぽど始末におえない不気味な代物なのではなかろうか。











<写真>キイロスズメバチの巣、キイロスズメバチ、コガタスズメバチ、オオスズメバチ、モンスズメバチ、ヒメスズメバチ、クロスズメバチ。


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