真夏の太陽がギラギラ輝き、頭がクラクラするかもしれないが、たまには蝉しぐれに包まれた近くの公園の池に行ってみよう。首都圏の池なら、4種類のトンボが元気良く飛び回っているはずである。誰もが知っているお馴染みのシオカラトンボ、黒地に腹の付け根が真っ白なコシアキトンボ、後述する全身真っ赤なショウジョウトンボ、木陰や池に流れ込む小川に多いオオシオカラトンボの4種類である。もし相当大きな池だったら、憧れのギンヤンマも生息し、ウチワヤンマが水面に突き出た棒の先に、悠然と止まっているかもしれない。環境の良い池ならコフキトンボが、谷戸田ならユーモラスなハラビロトンボも見られるだろう。コシアキトンボやオオシオカラトンボは初夏から夏にかけてのトンボであるが、シオカラトンボが見られる期間は相当長く、首都圏では桜が散った頃に現れて秋が深まるまで見られる。もっとも、羽化した当初の雄は雌と同じ麦藁色で、なんとなく弱々しく、約10日間かかって青白色になってデビューするのだから、公園の池のトンボの季節はやはり初夏からが本番となる。
身近なトンボが登場した所で、トンボ学事始めを少々述べてみよう。トンボは蜻蛉目とも言われ、古生代二畳紀の初期(約2億8千年前)の地層から化石が発見されている古くから地球上に存在していた昆虫である。また、トンボはカゲロウとともに羽を持った最初の生物で、言い換えれば、鳥よりもはるか昔から空を飛ぶことが出来た最初の生物ということになる。しかし、分類学上では旧翅類という羽を上下に動かすことしか出来ない古いタイプの昆虫で、後から登場した新翅類の仲間の様に、羽で身体を覆うようにしたり折り畳んだりすることはできない。トンボの胸と羽との間の構造は言わばドアの蝶つがいにあたり、新翅類はそれプラス後方への動きが出来る自由自在の蝶つがいということになる。また、トンボは3つのグループに分けられ、前後の翅がほぼ同じのイトトンボ亜目(均翅亜目)、前後の翅が異形のトンボ亜目(不均翅亜目)、生きている化石と呼ばれるムカシトンボ亜目(均不均翅亜目)の3亜目である。
池のトンボの観察も終わって日射病が心配だからと、小川沿いの木陰伝いに帰ろうとする時、小川のよどみで水面を尻尾で打ち続けるような仕種を繰り返すオオシオカラトンボの雌に出会うかもしれない。(16)で書いたようにトンボの産卵方法は種類ごとに異なっていて、オオシオカラトンボは腹の先で水を掬い、その中に卵を数粒入れて飛ばし、水辺の植物などに卵をくっつける『飛水産卵』という方法をとっているのである。このため、腹部末端は水を飛ばし易いように“うちわ”のような突起となっているという。しかし、こんな方法で卵を正確に目標物にくっける事が出来るのであろうか。一生懸命やっているのだから、成功率は相当高いに違いない。いずれにしても、こんな細かい事まで研究した専門家の方々に、私のような気楽なウィークエンド・ナチュラリストは、ただただ頭が下がるばかりである。
<写真>シオカラトンボ、チョウトンボ、オオシオカラトンボ、コシアキトンボ、コフキトンボ、ハラビロトンボ、アオモンイトトンボ、アジアイトトンボ、クロイトトンボ、オオイトトンボ。