トンボの研究で著名な杉村光俊氏と一井弘行氏による『トンボ王国へようこそ』岩波書店刊で、三木露風作詞の“赤とんぼ”で歌われているトンボは“何トンボ?”と疑問符が投げかけられている。同書では、夕焼け小焼け…夕暮れ時に目につく群れで飛んでいるトンボは、アカトンボの仲間ではない身体が黄色いウスバキトンボであると推測している。私も昆虫に興味を持って野山を歩き回るにつれ“赤とんぼ”のトンボは、ウスバキトンボではないかと思うようになった。しかし、一般の方から見ればウスバキトンボもアカトンボに見えるだろうし、これ以上の追求は名曲に対して失礼だからやめておこう。
ウスバキトンボは、琉球列島以南から休みもしないで1000キロメートルも飛んで日本列島に上陸すると、今度は世代交代を繰り返しながら北上する。北海道どころかカムチャッカで見られたこともあるという。しかし、寒い冬がやって来ると、飛来地では越冬できずに死滅してしまう。まさに片道切符の旅である。やはり蝶の仲間のウラナミシジミも片道切符で北上する。このような一見無謀で無駄な毎年恒例の北上の試みは、生物進化の原動力であり、我々だって勇気あるお猿さんがいたからこそ、ここまで進化できたのであろう。
トンボの撮影のために近くの公園の池に出向くと、捕虫網を持った親子連れが現れて、撮影の手を休めなければならない時がよくある。父親や母親が、身体の真っ赤なトンボを見つけると、必ず“アカトンボ”と子供に教える。いつ見ても、アカトンボの仲間ではない“ショウジョウトンボ”を指さしている。“このトンボはショウジョウトンボですよ”と訂正したいのだが、“おせっかいな変なオッサン”という目が返って来るから黙っている。身体がアキアカネやナツアカネなどのアカトンボの仲間より赤いのだから仕方がない。
ショウジョウトンボはアカトンボの仲間と異なって、池から離れて生活を送ることはなく、同じ公園の池で見られるコシアキトンボやシオカラトンボに近い仲間である。この3種をじっくり観察していると、コシアキトンボは水面に張ったテリトリーの中を飛んでばかりいて、なかなか草や棒に止まらない。シオカラトンボは、水面に垂れ下がる草や棒に止まったり、水面上を飛んだりと忙しいが、基本のテリトリーは止まる場所周辺のようである。ショウジョウトンボは飛翔力はあるものの、草や棒に止まっていることが多く、だからと言って、シオカラトンボの様にテリトリーを張ってるようには思えない。
身近で見られるアカトンボに間違われているトンボを紹介したが、後述するアカトンボの仲間たちと見比べて、“なるほど”とフィールドで確認して欲しいものである。そうすれば、もう間違えることはないだろうし、ことによったら多彩な昆虫ワールドへの扉が、眼前に広々と開かれるかもしれない。
<写真>オオブタクサの花穂で休むウスバキトンボ、ウスバキトンボ飛ぶフィールドの夕焼け、ショウジョウトンボが見られる公園の池、ウスバキトンボ、ショウジョウトンボの雄、ショウジョウトンボの雌。