(44)すっかり日本に馴染みました
《アオマツムシ・カンタン・カネタタキ・クサヒバリ》



 9月に入ると熱かった夏も終わりに近づき、大陸の高気圧に覆われる日も多くなる。やかましく鳴いていたセミもだんだん少なくなって、フィールドは急に寂しくなるが、セミに変わって秋の夜長を待っていた鳴く虫たちが登場して来る。日は徐々に短くなって、勤め帰りの方々が自宅のある駅に降り立つ頃には太陽はすでに地平線に没し、辺りはすっかり暗くなっているに違いない。大気は夏の湿気を失い、月が煌々と輝いていることもあるだろう。駅前の繁華街を通り抜け、並木のある歩道や生け垣のある住宅街に足を踏み入れると、木々の梢から“リィリィリィー”と甲高い虫の鳴き声がシャワーのように降ってくに違いない、アオマツムシである。一般の方々は余り興味を持たぬかも知れないが、晩飯でも食べ終わったら懐中電灯を取り出して、鳴き声の主を探してみよう。あらかじめ昆虫図鑑でアオマツムシの姿を目にしっかりと焼きつけておいた方が良いだろう。なぜなら、アオマツムシは葉に溶け込んだ色と格好をしていて、慣れないとなかなか探し出せないからである。もっとも、秋が深まって広葉樹の葉が散り始めると、餌の無くなったアオマツムシが樹木の幹にしがみついていたり、クズの葉上で日光浴をしているのに良く出くわす。
 矢野亮著『街の自然観察』筑摩書房刊によると、アオマツムシは1898年(明治31年)に東京の赤坂で初めて発見された中国南部原産の帰化昆虫であるという。戦前は東京の夜の名物とまで言われたが、第二次世界大戦の空襲によって東京は焼け野原となり、戦後になるとアメリカシロシトリの駆除のために大量に殺虫剤が散布され、しばらくは姿を消していたという。しかし、1970年(昭和45年)頃より再び増え始め、現在では都心部でもうるさい程に鳴いている。このように、アオマツムシは、東京・名古屋・大阪・福岡などの都市を中心に分布していて、山間部には入らずに公園や街路樹が生活の場となっている特異な昆虫の一つである。アオマツムシはその名の通り緑色だが、実はコオロギの仲間で、草地に住む“チンチロリン”と鳴くマツムシの親戚である。
 緑色のコオロギの仲間と言えば“ルルルル”と寂しげに鳴くカンタンも忘れられない存在である。自然度の低い雑木林には少ないが、低山地に行くとクズの繁茂している所などでたくさん見られる。カンタンと言えば中国の故事“邯鄲夢の枕”を思い起こす方もあると思うが、鳴く虫のカンタンは出ては来ないという。しかし、ルルルルと思わずうたた寝を誘う鳴き声から、そう名がついた可能性はあるという。この他、アオマツムシと並んで自然度の低い雑木林や生け垣には“チンチンチン”と鐘をたたくように鳴くカネタタキや、昼間でも“フィリリリ”と鳴くクサヒバリも生息しているので探してみよう。

<写真>アオマツムシの雄、カネタタキの雄、アオマツムシの雌、カンタン雌、クサヒバリの雌、カネタタキの雌。



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