暑さもだいぶおさまり丘の上の畑で純白のソバやニラの花が咲き、肌に心地好い秋風が吹き始めると、急に数を増してくる蝶がいる。ヒメアカタテハやウラナミシジミ、イチモンジセセリやチャバネセセリである。ことに英国でペィンテッド・レディー(おめかしした貴婦人)と呼ばれるヒメアカタテハは、蝶の中でも最も広い範囲に分布し、ほとんど世界中に見られる美蝶であるので、ぜひとも観察して欲しいものの一つである。イギリスの蝶の図鑑によると、イギリスでは北アフリカから春にやって来て、アザミに産卵し、秋になると成虫となるが、冬は越せないと記されている。それでは日本ではどのような生活を送っているのだろうか。各種の図鑑を開いてみると、日本では成虫ないし暖地では幼虫でも越冬するらしい。そしてイギリスと同じく秋に個体数が増すとある。しかし、初夏の一時に新鮮な個体をみるものの、秋までのしばらくの間は見られないことから、ヒメアカタテハの生活史にはまだ疑問の点が多いようである。ことによったら、より寒冷地や山岳地に旅に出ているのかもしれない。幼虫の食草はハハコグサ、ヨモギ、ゴボウなどが知られている。
秋になると長い旅をした末に、首都圏にまで辿り着き、個体数が増すと判明している蝶がいる。ウラナミシジミである。ウラナミシジミが確実に越冬できる場所は、温暖な霜が降らない地帯とされ、房総、伊豆、紀伊半島の南部や四国、九州の南部と言われている。ここから春になって気温が上がると、世代交代を繰り返しながら北上し、そして冬がやって来るとすべて死滅してしまうのである。春から夏まで間、首都圏では全く見られないのだから、何処からかやって来たと考えざるをえない訳である。このウラナミシジミの一見すると無謀で無駄な片道切符の旅は、何とかして定着出来ずにいる地域に適応して分布を広げ、そして種としての子孫を多く残そうとする、生物なら全てのものが望む業なのである。きっといつの日にか、このウラナミシジミの飽くこと無き戦いは勝利し、無残に散った多くの個体が救われる日がやって来るに違いない。
この他、秋になると急に個体数が増してくる蝶として、稲の害虫としてお馴染みのイチモンジセセリやチャバネセセリが上げられる。ともに第1化は初夏で、この頃はほんの少数の個体が見られる程度だが、秋になるとことにイチモンジセセリは非常に多くなり、各種の花に群がって、ことにシオンの花に鈴なりになって集まっている様には圧倒される。地方によっては異常なほどの大発生が起こり、同一方向への群れでの旅が見られるという。これに比べるとチャバネセセリは、圧倒的多数のイチモンジセセリに気兼ねするかのように、路傍の隅の目立たぬ花で吸蜜している。ともに冬は幼虫で越冬する。
<写真>ヒメアカタテハ、ウラナミシジミ、オオチャバネセセリ、イチモンジセセリ、チャバネセセリ、ミヤマチャバネセセリ。