9月下旬になると残暑もだいぶ納まって、ヒガンバナが真っ赤にフィールドを咲き染める。草がおい茂る農道や河川敷などを歩いていると、大型のバッタが飛び立って数メートル先に止まる。中には20メートル近く飛ぶものもいる。原っぱの横綱トノサマバッタである。このトノサマバッタを、至近距離で観察するのはすこぶる難しい。足音もたてずに近づいているはずなのに、接近を感知してすぐ飛び立ってしまう。何べん繰り返してもきっと徒労に終わることだろう。トノサマバッタを至近距離で観察するには、気温の低い日を選んで観察するか、雌が雄をおんぶっている時に観察するか、地中に卵を生み付けている雌を観察するかのいずれかの時がチャンスとなる。ところで、トノサマバッタはどんな所で卵を生むのだろうか。身近な所ではトノサマバッタがたくさん生息している所にある運動広場やゲートボール場などで、このような場所では雌が雄をおんぶしている場合も多く、平坦な固めた土の上だから絶好の観察場所となる。おくやまひさしさんの『昆虫と遊ぶ図鑑』地球丸刊を読んでいたら、バルサで作ったトノサマバッタのイミテーションで、雄を釣る方法が紹介されていたが、とにかく交尾期の雄は雌に抱きつきたいようである。
トノサマバッタで忘れることが出来ない事の一つに、大集団による移動がある。この大集団は“飛蝗”と呼ばれて昔から人々に恐れられ、何億匹ものトノサマバッタが空から舞い降りて来て、地上の緑の植物を食べ尽くしてしまうという想像を絶する程の猛威を振るう。アフリカ大陸では現在もしばしば起こるらしく、トノサマバッタではなく近縁のサバクバッタが主役である。まさか日本ではそんなことは無いであろうと思われがちだが、江戸時代には関東で、明治のはじめに北海道で、1986年には南九州の馬毛島で飛蝗が見られた。おそらく史実には残っていないものの、大昔には日本でも飛蝗が頻繁に起こって、農民が手塩にかけて育てた稲を全滅させたこともあるのであろう。
トノサマバッタが原っぱの横綱なら、大関に値するショウリョウバッタにも登場願わなければならない。ショウリョウバッタも逃げ足は早いが、トノサマバッタ程ではなく、雌なら素手で捕まえることも出来る。雄はキチキチと音をたてて飛ぶのでキチキチバッタとも呼ばれ、この名のほうが懐かしい方も多いことだろう。ショウリョウバッタの特徴の一つは雌雄の大きさの違いで、雌は75mm前後なのに比べ、雄は45mm前後とひどく小さく貧弱である。トノサマバッタは広い原っぱに行かないと見られないが、ショウリョウバツタはちょっとした草地にも生息しているので、都会の近くでも観察できるかもしれない。この他、クルバマッタモドキやイボバッタは普通に見られ、秋ならではの楽しい観察の主役達となる。
<写真>河川敷草原のトノサマバッタ、河川敷運動場のトノサマバッタ、交尾するトノサマバッタ、産卵するトノサマバッタ、クルマバッタ、クルマバッタモドキ、河原の石に保護色のカワラバッタ、イボバッタ、ショウリョウバッタ、ショウリョウバッタモドキ。