(48)ハチドリではありません
《ヒメクロホウジャク・クルマスズメ・ベニスズメ》



 埼玉県の飯能市で教員生活を送る盛口満氏の『ぼくらの昆虫記』に、生徒が“自宅の庭でハチドリを見た”と大騒ぎになったことが記されていた。生徒がハチドリと勘違いした昆虫は、蛾の仲間のスズメガ科のオオスカシバやヒメクロホウジャクだった訳で、昆虫に詳しいものなら一笑にふすこととになるだろう。しかし、そのことを盛口氏が新聞に書いたら“私もハチドリと思っていた”という手紙が数通来たという。氏もこの話はわりと普遍的なものではなかろうかと書いている。1960年代から始まった都市周辺の開発は、子供たちと自然との接触を大幅に減らし、かつては親兄弟や友達によって聞かさた身近な自然の知識が、かなり欠乏しているに違いない。そう考えると、近年この話は、そこらじゅうで話題となっているものなのかもしれない。
 スズメガの仲間は世界には約1000種類、日本には約60種類が生息していて、みな大型で胴体が太く、その割には羽の面積は狭くて横に長い三角形をしている。このような身体の作りは飛行機で言えばジェット機で、スピードを出していないと失速して墜落する。このために(23)でも書いたように毎秒70回以上の羽ばたきをして超スピードで飛ぶと同時に、ホバリングと言って空中停止飛行も容易にこなす。蛾の仲間は言わずと知れた夜間に活動するものがほとんどで、スズメガといえどもこの範疇から抜け出ているわけではないが、昼に活動するハチドリに間違えられたオオスカシバやホシホウジャク、ヒメクロホウジャクは、各種の花でホバリングして吸蜜するから観察は容易い。また、夜間でも樹液に注意していれば、ベニスズメやクルマスズメがホバリングをしながら、夢中になって樹液を吸っていることだろう。
 ホウジャクの仲間は、スズメバチに擬態していると言われている。このため、ご婦人たちは各種のホウジャクを見ると顔をしかめる場合が多い。最近、見かけることが少なくなって写真で紹介できないのが残念なオオスカシバの幼虫は、暖地の樹林下に自生していて、良い匂いのする真っ白い花をつけるので首都圏でも庭木として植栽されているクチナシが食樹で、時々、丸坊主にされた痛ましい姿を見かけることがある。ハチドリに一番似ているのではないかと思われるホシホウジャクやヒメクロホウジャクの幼虫は、嫌な匂いがするのでヘクソカズラ(屁糞葛)と名づけられた何処でも見かける蔓性の植物を食している。この他、スズメガの仲間の幼虫は、もちろん各種の樹木や草の葉を食するものが多いのだが、サツマイモ、ヤブカラシ、ブドウ、ヤマノイモ、ツタなどの蔓植物を食べるものが多く、熱帯地方を故郷とする蛾のグループであることを伺い知ることが出来る。

<写真>ヒメクロホウジャク、クルマススメ、エビガラスズメ、ベニスズメ、フトオビホソバスズメ、ウチスズメ。



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