(49)戻って来ました水田に
《イナゴ・ナキイナゴ・ツチイナゴ》



 首都圏平地では、普通、9月下旬から稲刈りが始まる。暑くもなく寒くもなくちょうど良い季節なのだが、木々の葉はしだいに生気を失って、活気に満ちた夏が懐かしくなるが、水田にはもっと寂しい思いをしている昆虫がいる、イナゴたちである。稲刈りが始まれば、みんな慣れ親しんだ水田から一方的に追い出され、食べ物を探すのにも苦労することだろう。戦後に登場した強力な殺虫剤DDTやBHCによって鳴りをひそめていたイナゴたちも、これらの殺虫剤の使用禁止以来、首都圏平地の水田でもイナゴが見られるようになった。以前、米どころである茨城県に行った時、水田の間の農道を歩いていたら、音がするがごとくに多数のイナゴが跳びはねた。こんなにいたら佃煮にするくらいすぐにでも捕れる。最近の主婦たちは山菜摘みやハーブなどには目がないが、イナゴを採って佃煮にするという勇気ある女性は、絶滅してしまったようである。ゴキブリを見ると“キャー”と奇声を上げ、精神異常をきたしたのではないかと心配する程の女性が増えている。ゴキブリ→昆虫→イナゴ→気味が悪いという回路が、しっかり頭の中に出来上がってしまったのである。
 一口にイナゴと言っても数多くの種類があって、日本には6種類のイナゴが生息しているという。私たちが一番普通に目にするイナゴは,羽が尾端に届くか、または、これより短いコバネイナゴである。逆に羽が尾端より長いものがハネナガイナゴで個体数は少ない。イナゴ研究の第一人者である福原楢男氏によると、日本の水田で発生するイナゴのほとんどがコバネイナゴで、主に仙台平野で捕獲されるイナゴの佃煮のイナゴもコバネイナゴであるという。今度、イナゴの佃煮を買って来て、食卓でイナゴ・ウォッチングをしなければならなくなった。いずれにしてもイナゴは稲の害虫で、水田で葉っぱ食べているのに良く出くわす。稲刈りで水田を追い出されたイナゴは、その後いったいどうするのであろうか。ほとんどが成虫となって卵を産み落とし、安らかに息絶えるのだと思うのだが、少数のイナゴが、水田近くのヒエなどのイネ科の作物や雑草の葉をほうばっている。まだ成熟していない個体なのだろうか。
 首都圏にはこの他、イナゴの親戚に当たるイナゴ科のツチイナゴは平地の雑木林にも多く、イネ科の植物ではなくクズの葉を好む。ツチイナゴは九州以北では成虫で越冬する唯一のバッタで、このためか成長はいたってのんびりとしていて、秋が深まるまで好物であるクズの葉上で、幼虫や成虫が観察できる。バッタと名が付くがイナゴ科であるヤマトフキバッタは、羽が小さく退化して飛ぶことが出来きず、このため地方ごとに微妙な変化が生まれて、専門家でないと分類が難しい素人にはお手上げのイナゴである。逆に、イナゴと付くがバッタ科のナキイナゴは、主に山間地の明るい草地に多く、後脚と前翅を擦り合わせてシャカシャカと鳴く。


<写真>コバネイナゴ、ハネナガイナゴ、ツチイナゴ、ツチイナゴの幼虫、ヤマトフキバッタ、ナキイナゴ。



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