夜の住宅街を歩いていると、木々の梢からは前記したアオマツムシの声が聞こえて来るが、空地の草むらからは“正真正銘のコオロギ”の声が聞こえて来る。首都圏平地で見られるコオロギは、まず誰もが知ってる一番大きくて、コロコロコロリーと鳴くエンマコオロギ、リッリッリッと鳴くツヅレサセコオロギ、雄の頭部の左右が角のように出っ張ったミツカドコオロギ、ひょうきんな顔つきのオカメコオロギの4種類が普通である。世界に約2500種、日本に約60種が生息していると言われるコオロギの仲間の多くは、美しい鳴き声を発する秋には無くてはならぬ存在である。しかし、その祖先は、ご婦人たちが目の敵にするゴキブリで、ゴキブリが地球上に出現したのは今から3億年前、このゴキブリから2億年前にコオロギが分化したと言われている。そう思ってコオロギを見つめると、茶褐色のギラギラした羽は確かにゴキブリに似ている。
コオロギの仲間が奏でる夜の調べを“鳴く”という表現を用いて来たが、実際には鳥や獣のように口から発するものとはだいぶ違う。上翅の裏の太い脈にザラザラとしたヤスリと呼ばれる部分と、下翅の表にバチと呼ばれる堅くなったコブのような部分とを擦り合わせて振動させ、羽にある薄い膜が振るえて音となる。面白いことに音を出す仕組みはほとんど同じだが、コオロギの仲間は(例外はある)上翅が右に付いているのに対して、キリギリスの仲間は反対に付いている。それではセミはどのようにして音を出すのだろう。腹部の内部に空洞(共鳴室)があって、そこの左右に縦につく発音筋が一秒間に数万回も伸び縮みすることによって、上部に付いている発音板が振動して空洞部分に伝わり、共鳴して大きな音となるのだという。ちょうどアルミ缶を指でペコペコさせるような感じなのである。カミキリムシの王様シロスジカミキリも、首(前胸と中胸の間)を上下に動かし擦り合わせて、ギーギーという音を出す。
コオロギの仲間たち特にエンマコオロギの仲間は、時と場合によって鳴き分けるのを知っているだろうか。学術的には3通りの区別がなされている。 ひとり鳴き…コオロギが一匹でいる時の鳴き方で、穏やかに歌うように鳴いて雌への呼びかけと縄張りを宣言している言われている。 くどき鳴き…雌に身体をすり寄せるようにして、せつせつと鳴いて交尾を促すと言われている。 おどし鳴き…雄同士の喧嘩の時と受精が確実になるよう交尾後の雌を追い回す時に、短く甲高い鳴き方をすると言われている。キリギリスの仲間は鳴き分けはないというから、ゴキブリの親戚であってもコオロギは相当進んだ賢い昆虫ということになる。ところで、コオロギやキリギリスの仲間の耳は何処に付いているのであろう。何と前足の外側に付いていて鼓膜のような膜まである。
<写真>杭で休むエンマコオロギ、巣穴から顔を出したエンマコオロギ、エンマコオロギ、ミツカドコオロギ、ツヅレサセコオロギ、オカメコオロギ。