雑木林の色づいた広葉樹の葉が北風に舞い始める頃になると、変温動物である昆虫の種類数も個体数もぐんと減って、静かさと侘しさがフィールドに色濃く漂い始める。もっとも、成虫で越冬する昆虫たちは、暖かい日には日向ぼっこに現れ、各種のハナアブやハエは今年最後のご馳走とばかりに、咲き始めたヤツデやサザンカの花に集合する。ツマグロオオヨコバイは、わずかに残った木の葉に群がり汁を吸っている。時折、生命を長らえている羽がぼろぼろに痛んだヤマトシジミやベニシジミ、ウラナミシジミなどの蝶が、咲き残ったヨメナなどの野菊に吸蜜し、産卵前のハラビロカマキリやコカマキリなどの昆虫も目にするが、やがて霜が降りれば死滅することだろう。このように昆虫にとっては活動にふさわしくない季節となったが、この季節であるからこそ、注目して欲しい昆虫たちに登場してもらわねばならない。
まず始めに、蛾の大物であるヤママユガ科のウスタビガは、木枯らしが吹き始める頃になると羽化して来る昆虫として著名である。ウスタビガの繭は後述するように独特な格好の黄緑色をしていて、葉がある時には葉に溶け込んで探しにくいが、葉が落ちると(羽化した後の空繭だが)簡単に見つけ出すことが出来る。幼虫は主にクヌギやクリ、ケヤキなどの葉を食べることで知られているが、その他の樹木の葉も食べているようである。なかなか落葉しないクリやクヌギで羽化する前の繭を見つけ出すのは難しい。羽化する前に落葉してしまう樹木についている繭を見つけてみよう。暖かい日に繭を挟んで交尾している雌雄や、卵を繭に生み付けている雌に出会えるに違いない。
次に、深緑色の金属光沢を持ったオオアオイトトンボであるが、イトトンボの仲間としては比較的大柄で、雑木林に囲まれた池や沼の周辺にある水面に突き出た樹木の細い枝に止まっているから見つけて欲しい。オオアオイトトンボは池ならどんな池でも良いのではなく、このような雑木林に囲まれた池がお好みのようである。オオアオイトトンボは羽化すると、池からかなり離れた雑木林の木陰で生活し、秋になると池に戻って来て、雌雄が連結して水面に突き出たクワやヤナギなどの樹皮下に産卵する。翌春に羽化した幼虫は、そのまま直接水面に落ちるか、水際の地面に落ちたものは跳びはねて辿り着く。ここまでオオアオイトトンボの生態を探って行けば、池ならどんな池でも良いわけではないことが、すんなりと理解できると思う。
最後に、クヌギの幹を探し回って、お腹が卵でぱんぱんに膨らんだクヌギカメムシの雌を見つけてみよう。クヌギの堅い樹皮の割れ目に、産み終わってしばらく経つと変色するが、淡い小豆のような色をした卵を列状に生み付けている健気な姿に感動を覚えることだろう。
<写真>羽化殻に静止するウスタビガの雌、成虫で越冬するホソミオツネントンボ、ウスタビガの雄、空繭に産卵されたウスタビガの卵、ヒメヤママユの裏、ヒメヤママユの表、オオアオイトトンボの雄、オオアオイトトンボの雌、クヌギの幹に産卵するクヌギカメムシ、クヌギカメムシの産卵されたばかりの卵。