(6)春一番のトンボです
《シオヤトンボ・シモフリコメツキ・ビロードツリアブ》
雑木林に囲まれた畑ではナノハナのような黄色い小松菜や白い大根の花が咲き乱れ、ネギ坊主の薄皮もやっと弾けて、暖かさを感じさせる青空に浮かんでいる。農道脇や雑木林の縁にはタンポポが満開で、すでに綿毛を付けているものも見られる。気温はぐんぐん上って初夏を感じさせる日和となった。だからと言って、フィールドでの最大のお邪魔虫である藪蚊は発生しておらず、まさに快適で絶好な自然観察の季節である。この時期、雑木林に囲まれた谷戸の田んぼにシオヤトンボが現れる。成虫で越冬していたホソミオツネントンボやオツネントンボを除くと、春一番に見られるトンボである。一見するとシオカラトンボに似ているので混同されている方も多いと思うが、シオヤトンボの雄は腹の先まで淡い水色なのに対し、シオカラトンボの雄は腹の先が黒くなるので区別できる。もっとも、シオヤトンボの雄もシオカラトンボの雄も、羽化したての頃は雌と同じ麦藁色なので、とても区別が難しい。こういう私も、いつも難儀をさせられている。
コメツキムシを知っているだろうか、細長い甲虫で、日本では約300 種類が知られている。シオヤトンボが生息する谷戸の湿った草地の、高さが約30cm位で折れたアシやススキの枯茎の天辺に注意していると、コメツキムシの中でも大型のシモフリコメツキに出会うことが出来る。運が良ければ日本最大のウバタマコメツキもいるかもしれない。触覚をピコピコ動かしながら、とっても気持ち良さそうである。コメツキムシの名の由来は腹部を持つと“かっくん”と音を発て頭(前胸と頭)を上に反らし、しばらくするとまた同じ動作を繰り替えすことより来ている。この動作は何のお呪いなのかと思われるかもしれないが、コメツキムシを仰向けにして平らな所に置いてみればすぐ分かる。かっくんと頭を反らした反動で空中に飛び上がり、半回転して着地する。仰向けになった時の起死回生のウルトラCの技なのである。こんなことをして子供の頃は良く遊んだが、コメツキムシにとっては困った少年であったわけである。
谷戸田から雑木林の縁を巡る小道の南斜面に注意しよう。紹介するのが少々遅れてしまったが、春だけに現れる働き者のビロードツリアブが元気に花の蜜を吸っているかしれない。ビロードツリアブは桜の咲く頃に現れて、ギフチョウも大好きなタチツボスミレに吸蜜する。姿形は小さな縫いぐるみのような黄褐色の毛むくじゃらで、ずんぐりむっくりの何となく愛敬を感じさせるキャラクターの持ち主である。しかも、口吻は他のアブに比べると異常に長く、飛びながら蜜を吸うという芸当の持ち主でもある。そこでその現場を写真に撮ろうとそっと近づくのだが、すぐに逃げ去ってしまう敏感な昆虫でもある。しかし、気温が低い早朝や曇天の陽には下草でじっとしているので、一度は観察して欲しい春ならではの珍虫の一つである。こんな可愛らしい特徴ある昆虫だが、ヒメハナバチ科の幼虫に寄生して成長するのだという。
<写真>横浜市緑区四季の森公園の成熟したシオヤトンボの雄、未成熟ないし雌のシオヤトンボ、最近はとても少ないウバタマコメツキ、アシの枯れた茎で日光浴するシモフリコメツキ、触覚がとても大きい稀少種のヒゲコメツキ、可愛らしいキバネホソコメツキ、早春のお道化者のビロードツリアブ。