一面のれんげ畑は遠い昔の情景となりつつあるが、山里に出かければ一枚や二枚のレンゲ畑にお目にかかれる。正確に言うとレンゲはレンゲソウで、畑ではなく田んぼである。今でこそ水田の稲の肥料はお金で変える化学肥料だが、戦前は稲刈りが終わった田んぼにレンゲの種を撒いて、レンゲの根に付く根瘤バクテリア菌の力によって、土の中にある空気の窒素を固定させ、田植えの前にレンゲと土を混ぜ合わせて埋め、地味を肥やしていたのである。金肥に対して緑肥と呼ばれる所以である。一面に広がるレンゲ畑は少なくなったものの、雑木林に隣接した田んぼには当時のレンゲの子孫が残っていて、各所に小群落を見つけることは容易い。レンゲの群落を見つけると、昆虫に興味を持つものは必ず足を止めることだろう。キアゲハやモンキチョウ、トラフシジミやベニシジミなどの大小様々な蝶が、蜜を吸いにやって来るからである。
 しかし、何と言ってもレンゲ畑の主人公はミツバチである。レンゲが途切れた所を見つけたら寝転んでみよう。山間の静寂をぬって、ブーンとミツバチの羽音が聞こえて来るに違いない。ミツバチは一見すると、つぶらな複眼と丸っこい身体が可愛らしく、注意を要するスズメバチやアシナガバチとは異なって見えるが、膜翅目(ハチ目)の有剣類である。しかし、無数のミツバチが群れ飛ぶレンゲ畑で昼寝をしていも、刺されるなんてことは有りえない。ミツバチが人を刺すのは、巣に近づいた時、ミツバチがいるのを知らずに着衣した時、何かのはずみで正面衝突した時などに限られる。レンゲ畑を訪れるミツバチのほとんどが、黄褐色の地に横縞が黒いヨウシュミツバチである。ヨウシュミツバチの故郷はその名の通りヨーロッパで、多くの亜種が品種改良されたが、明治の初期に日本の地を踏んだのはイタリアンである。ヨウシュミツバチに対して、在来のニホンミツバチは黒褐色の地に黄褐色の横縞を持ち、現在でも山間部や離島などで飼育されて、せっせと蜜を集めているそうである。
 レンゲ畑を見つめていると、レンゲとミツバチは切っても切れないお友だちのように思えるが、実はそれ以上にレンゲとミツバチの間には、深い深いお約束が、長い長い進化の過程で成立したようである。ミツバチがレンゲの甘い蜜と花粉を求めてやって来て、下に付く花びら(船弁)に止まると、その重みで船弁は下がる。すると“ようこそいらっしゃいました”とばかりに雄しべや雌しべが現れて、ミツバチが花の奥の方にある蜜を吸おうと潜り込むと、雌しべはミツバチの体に付着した他の花の花粉で受粉し、雄しべの花粉はミツバチの身体にくっついて、他の花に運んでもらうという寸法なのである。レンゲはミツバチに受粉を手伝ってもらう自花不稔性の虫媒花なのである。植物にも子孫繁栄の為の驚くほどの知恵があるだ。

<写真>レンゲに吸蜜するセイヨウミツバチ、タンポポに吸蜜するニホンミツバチ、フジの花が大好きなクマバチ、黄色いトラマルハナバチ、春だけに現れるコマルハナバチ、お腹の長いヒメハラナガツチバチ。
(7)レンゲとミツバチのお約束
《セイヨウミツバチ・ニホンミツバチ・トラマルハナバチ》





つれづれ虫日記(8)へ


つれづれ虫日記INDEXへ