昆虫好きを自認していても、蜂だけは敬遠したい。言うまでもないが“蜂に刺されて痛い思い”をしたくないのである。図鑑によると蜂は膜翅目に属する昆虫からアリ科を除いたものの総称とあるが、一般の方は、後翅が退化して二枚の羽しか持たない双翅目のアブの仲間も、蜂と思っている方が多い。アブは決して刺したりはしない。それでは蜂の仲間はすべて刺すのかというと、そうでは無く、有剣類という一部の蜂が厄介なのである。代表格は後述するスズメバチ科のスズメバチとここで取り上げるアシナガバチの仲間で、それにミツバチの仲間が加わる。いずれの蜂も巣に近づくのは厳禁である。その他にも人を刺すハチはいるのだろうが、野外での危険性はほとんど無いと思う。アシナガバチの名の由来は、飛んでいると後ろ足をだらりと長く伸ばしているからで、他の昆虫よりずば抜けて足が長いというわけでは無い。
4月も終わりに近づいた頃、自宅のスチールの雨戸の戸袋に、コアシナガバチが巣を作っているのを発見した。巣部屋(育房)は数える程で、底に小さな白い卵が生み付けられている。もちろん越冬後の雌が、たった一匹で巣部屋の増設に励んでいるのである。巣の材料は木の皮や材の繊維を噛み切って唾液と混ぜて作るのである。古代中国で発明された紙は、アシナガバチのこの作業をヒントとして生まれたと言われている。しかし、人間が作り出した紙と比べると、アシナガバチの作り出したこの紙はとても強く、ヤニの成分も含まれているらしく防水性も抜群である。この驚くべき強度の秘密は、アシナガバチの唾液の中にパルプを固める成分が含まれているからだと言われている。わが家の戸袋に作られたコアシナガバチの小さな巣は、母バチが材料を探しに巣を離れた隙を狙って、可哀相だが取り除いたことは言うまでもない。
今度は6月初旬に雑木林の縁で、太い木の幹に作られたキアシナガバチの巣を発見した。巣部屋の数は20部屋を越える程に成長しているが、母バチは不在である。不思議に思ってしばらく待っていると、大きな緑色の肉だんごを抱えて帰って来た。肉だんごは蛾や蝶の幼虫を狩って、その肉を丸めて作った物である。もちろん声はしないが、一斉に子供たち(幼虫)の喜びの喚声があがったように思われた。母バチは一つ一つの小部屋の幼虫たち平等に餌を分け与えると、汚れた足や触覚を丁寧に口で掃除し、新しい幼虫の餌を求めて再び飛び立った。まるでツバメの子育てのようである。
虫けらという馬鹿にした言葉があるが、こんなに立派な子育をする昆虫がいるのを知れば、頭が下がることだろう。もう少したつと子供たちは立派に成長して娘バチとなり、母バチを助けて、巣はより大きなものへと発展して行くに違いない。こうなったら私といえども近づくのを遠慮する。
<写真>母バチ一匹で巣作り作業をするコアシナガバチ。巣材となる樹木の材を口で削っているコアシナガバチ。だいぶ大きくなったコアシナガバチの巣。母バチ一匹で巣作り作業をするキアシナガバチ。だいぶ大きくなったキアシナガバチの巣、母バチ一匹で巣作り作業をするホソアシナガバチ、ホソアシナガバチの巣。